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2022.10.26
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第4回ホスピ川柳 入選作品発表

第4回ホスピ川柳 入選作品を発表いたします。
多数のご応募誠にありがとうございました。

■第4回ホスピ川柳 入選作品(雅号:敬称略)

<大賞:1名>(賞金30万円)
話せない母、離せない離さない     そよか

<次点:1名>(賞金5万円)
何時だって涙を見せぬ母 泣いた   ドントミツ

<特賞:1名>(賞金10万円)
真っ直ぐに生きた眼差し 忘れない   真優

<佳作:9名>(賞金1万円)

祖母が呼ぶ 息の全てで私の名  うい

母がまだ言う 食ってるか 風邪ひくな  かきくけ子

頼んだぞ 仲良く暮らせ 先に逝く  右田俊郎

父よまだ息を止めるな 子が帰る  りきまる

抱きしめて 母は私の子になった  夢追い人

もう一度叱ってくれよ母ちゃんよ  荘子隆

追い越せぬ背中のままに父が逝く  あぶれもん

死にたいと言うな私を産んだ母   八木五十八

逝きざまは見せて貰った 次は俺  山法師

■選者:高鶴礼子様

■選者総評
それぞれのお作品に籠められた、私は、今、このことを書き留めたい、書かずにはいられない、という思いが、真っ直ぐに迸りくる物語の、他の何ものにも置き換えることのできないその真摯さ、懸命さに、何度も何度も立ち止まらせていただきました。これはもう、作品としての巧拙を超えたところにある発露である、とすら言いたくなってしまうほど、沁みくるものがあるということ。それは、おそらく、記されたそれらの語りが、そしてそこに描かれてある《ひと》や《こと》が、それを刻んで下さったおひとりおひとりの方々にとって、どれほど大切なものであったのかを示す証左なのではないかと思います。ご投句下さった大勢の皆さんが、川柳と、そんなふうにして出会って下さっているということ、本当に嬉しい限りです。これからも、どうか、皆さんの《書く》を川柳に刻み続けていらして下さい。世界にたったひとりしかいない《私》が記す《私》の一句を楽しみにお待ちいたしております。

■入選作品への選者コメント

話せない母、離せない離さない (そよか)

冒頭の「話せない母」という措辞によって母君の現況を確と差し出した上で、その「話せない」を「離せない」という同音異義語に取り合わせ、さらにその「離せない」を、可能動詞の否定形から「離さない」という能動態へと展開させて一句を閉じる、という叙法が効いています。川柳の大姉様(おおおねえさま)に当たる和歌伝来の技法であるところの掛詞、その大元となっている《同音にして異義なる言葉》を、このようなかたちで使っておられるところにニクイほどの味わいと上手さがあります。けれど、この句は決して、《上手いだけの句》にとどまってはいません。この句が差し出してくれているのは、《ここに描かれたひと》が抱きしめる、全身全霊を籠めた《叫び》なのです。言葉を発することさえも、もうできなくなってしまわれた母君を、見つめ、そのあまりの切なさゆえに乱れまくる自分の在り様を認め、けれどそんな自分から、決して目を逸らすことなく、母君を取り巻く現況に向き合い続ける――、《ここに描かれたひと》はそんな生き方を重ねていらっしゃるのでしょう。そして、葛藤の末に、《そのひと》はこう叫ばれるのです。何があっても、私は、母を離さない。ずっと、ずっと、私が守り続けてゆく、私の、かけがえのない、たったひとりのこの母を――と。あるいは、こんな叫びまでもが付け加えられるのかもしれません。だから、あきらめてくれ、母を迎えにきた死よ、母はお前などには渡さない、渡してたまるものか――と。差し出される言葉の一語一語が孕む、とてつもない思いの、そのひとつひとつが、静かにふくらんでゆきます。放たれた言葉の凛然たる様、そしてその力強さ。凛と立つ句姿が、語りの背後にある哀しみを照射することによって、これでもか、というほどの余情があふれくることとなりました。作者が、今、こうしてこの句を得られたということの意味と意義を思います。

何時だって涙を見せぬ母 泣いた  (ドントミツ)

どんなに辛いことや哀しいことがあっても、私は母、母なんだもの、私は泣かない、と、歯を食いしばって生きてこられた――、ここに描かれているお母上は、そんなお母様でいらしたのだと思います。それなのに、そんな母君が、こともあろうに泣いてしまわれたのです。どのような場面で、どのようなひとたちに向かって、涙をこぼされたのか、それを、あえて記さないことによって、この句は幾重にもふくらみくるものとなりました。どんな時でも決して涙を見せることのなかった母が泣く――、それは、果たして、どのような局面であるのでしょうか。おそらくは、二度と巡りくることがないと言っても過言ではない、よほどのことが起こってしまった局面なのでありましょう。たとえば、母君にとっての大切なひとが余命幾ばくもないことを突然、告げられた夕べであるのかもしれません。あるいは、母君そのひとが、不本意にも大切なひとたちを遺してこの世を去らなければならなくなってしまった、まさにその瞬間であるのかもしれません。たとえ後者であったとしても、こぼされる涙は母君自身の身に降りかかった悲運を嘆く悲しみゆえの涙などではなくて、大事なひとたちを遺して逝かなければならないことの切なさ、自身の不甲斐なさに対する涙であったことでしょう。導入部から綴られる《母なるそのひと》のお人柄、そして生き様。それらすべてを享け留めた上で、結語として置かれる「泣いた」という措辞が臨場感に満ちた驚きと、それを見つめる《ここに描かれたひと》の心中を、じんと伝え来てくれています。涙を流すはずがない母君の頬をつたう涙に気づいた《そのひと》の愕然。今のこの状況は受け容れるしかないものであると、それは、もちろん、わかってはいる、でも、母さんが、まさか、泣く、なんて……と、噛み締める思いの裡に、渦を巻いてあふれくるものを、じんと受けとめさせていただきました。

真っ直ぐに生きた眼差し 忘れない (真優)

何があっても、あなたはあなたで居続けてくれた――、そんなあなたと一緒にいられて、どんなに私は幸せだったことか……。そんな思いを噛みしめる《ここに描かれたひと》と、そのひとが思う《逝ってしまわれたひと》――。おふたりの真ん中に確かなかたちで存在している《共に過ごされた歳月》の重さ、深さを思います。「忘れない」というきっぱりとした一言が差し出してくれているものは、そんな《生きる》を貫いて下さった《そのひと》への、心からの《ありがとう》であり、《なんでいなくなっちゃったの、哀しいよ》であり、《でも、泣いてちゃだめだよね、がんばるよ、見ていてね》なのです。微塵も衒いのない、真っ直ぐな句姿。それが《ここに描かれたひと》の生きる姿勢の誠実を教えてくれています。体当たりの直球勝負。その清々しさがステキでした。

祖母が呼ぶ 息の全てで私の名 (うい)

軽々に言葉を発することができなくなってしまわれたお祖母様の枕辺に立ち尽くす《ここに描かれたひと》。お祖母ちゃん、私よ、私がここにいるよ、と、懸命の思いを捧げる《そのひと》を前にして、横たわるお祖母様は声を発されたのです。ああ、お祖母ちゃんが何か言ってる、……ううん、違う、《何か》なんかじゃない、お祖母ちゃん、呼んでくれてるんだ、私を、私の名を――と。体中の吐息丸ごとを絞り出すようにして発されたそのひとことが、《ここに描かれたそのひと》と、お祖母様の間に築かれてきた《これまで》を確と伝えきてくれています。それは、ひょっとしたら、それがお祖母様の最後の言葉となるかもしれない状況下で発されたひとことであったのかもしれません。それが自分の名であることに気づいた《ここに描かれたひと》。胸にこみ上げる、ああ……が、じんと沁みきます。加えて、お祖母様が名を呼ぶ様を示された「息の全てで」というレトリックの新鮮なこと。それによって生まれ出ることとなった切迫感と臨場感にハッとさせられます。家族であるということの《ほんとう》を、そっと抱きしめさせていただきました。

 

母がまだ言う 食ってるか 風邪ひくな (かきくけ子)

案じているのは、年を取り、衰えてゆく「母」を思う「子」の方であるにもかかわらず、母なる《そのひと》は、会うたびに、子に問いかけるのです。ちゃんと、毎日、滞りなく暮らせているかい、ご飯食ってるか、風邪なんか、ひくなよな、と――。自分がどれほど大変な状況にいても、そんなことはどうでもよくて、いつだって一番に思うのは大事な子のことである、と、母君のこの問いかけは語ってくれているのです。それは我が子を思う母君の情であり、そんなふうにして生きてこられた母君の御姿であると言えましょう。語りが口語体で綴られていることによって、実在感たっぷりの造形となっているところも大きな魅力です。もしかしたら、この母君は、明日をすら危ぶまれる状態にいらっしゃるのかもしれません。けれど、たとえ、そんな状況にいらしたとしても、ここに描かれた母君は、きっと、最後の最期まで我が子のことだけを案じ続けてゆかれるのでしょう。母と子が、母と子として交わり合う様々な状況の中から、この局面を切り取って下さった作者に心からの拍手を送ります。

 

頼んだぞ 仲良く暮らせ 先に逝く (右田俊郎)

逝かないで、お願い、と、食い入るように見つめるひとたちのそのまなざしの先に、ひとり横たわる《ここに描かれたひと》。「今際の際」などという言葉などでは、到底、表し切れない今生最後の一瞬が、ここに、こうして、これ以上ないほどのあたたかさを以て刻まれているのがおわかりいただけるでしょうか。今、まさに旅立とうとしている《ここに描かれたそのひと》。そのひとは、おそらくは、途切れ途切れに、けれど、瞳には微かな微笑すらをも湛えて、枕辺を囲む大切なひとたちに話しかけているのです。あとのことは「頼んだぞ」、お前たち、みんなで「仲良く暮ら」すんだぞ、と――。逝くことの辛さ、悔しさ、悲しみはいかばかりでありましょう。しかも、このような状況下においては、語れる刻限は極めて限られているのです。にもかかわらず。《ここに描かれたひと》は、そうした自身の切なさではなくて、あとに遺す大切なひとたちのへの思いを告げることのみに、その無二の刻を委ねようとなさいます。「頼んだぞ」と「仲良く暮らせ」の「暮らせ」という二つの位相語によって、逝こうとされている《そのひと》の属性が示されているところも何とも粋でした。位相語から察するに、横たわっておられる《そのひと》は、お祖父様あるいはお父上といった男性のご尊属であるように思えます。「頼んだぞ」と、そう呟いて、……次の瞬間、静かに瞳が閉じられ……、《そのひと》は、きっと、頷いておられるに違いありません。一緒に生きてこられて、幸せだったよ、俺は、と、そう微笑みながら――。字義の背後から聞こえてくる「ありがとう」に、心底、打たれました。

 

父よまだ息を止めるな 子が帰る (りきまる)

突然の報せを受けて、父君の元へと急ぐ子の心象が、これほどまでに実在感を以て語られているところに瞠目します。決して近くはない距離を生活圏としている「子」であるところの《ここに描かれたひと》の故郷への帰還の旅路は、ただただ、詮無い祈りに満ちているのです。一生のお願いだ、どうか、どうか、間に合ってくれ、と――。何度も辿ったことのある旅路が、何度も乗ったことのある電車が、バスが、飛行機が、突如として、見知らぬ他人の顔をした、まったく違った空間となって、他のことなど何も考えられなくなってしまう……、心に浮かびくるのは、生きていてくれ、間に合ってくれ、という、その一心だけなのです。父さんがいてくれるからこその《ふるさと》なんじゃないか。父さん、まだだ、まだだよ、俺は帰ってるんだよ、今。だから、お願いだよ、待っていてくれ、絶対に――。《ここに描かれたひと》が今、まさに置かれている状況を、「子が帰る」と、あえて淡々とした謂いに託したことによって、その必死さ、切実さが沁みくる語りとなりました。どうか、どうか、間に合いますように、と、心から。

 

抱きしめて 母は私の子になった (夢追い人)

あの日、「母」に抱かれていた「私」が、今は、こうして「母」を抱きしめている――と。説明を一切排して、直截に語られる《ここに描かれた母》と《私》の前に立ちはだかる《「母」と「私」の現在地》。「母は私の子になった」という大胆な措辞が一句の行く末を見事に決していることにお気づきいただけるでしょうか。生活のすべてにおいて手助けが必要となってしまった「母」君と、そんな母君を見つめ、母君を支えて毎日を送る「私」すなわち《ここに描かれたひと》が、母として、子として生き続けている《今》の、そのすべてが、この措辞の裡にあると言っても過言ではありません。字義に留まらない造形とは、まさにこうした御句のことを言うのだと改めて申し上げたくなります。湛えられてある懸命と切なさに心がグイと鷲掴みにされる思いでした。

 

もう一度叱ってくれよ母ちゃんよ  (荘子隆)

普段着の言葉で語られる母君への思い。「母ちゃん」という語の響きが、極上のふくらみを築いてくれています。「もう一度叱ってくれよ」と、叶わないとわかっている願いを抱き締める《ここに描かれたひと》。そのひとにとって、その母君は「お母さん」ではないのです。「おふくろ」でもなく、「お母様」でもなく、「ママ」でもない、そのひとにとって、その母君は「母ちゃん」、オギャーと生まれた出会いの日からお別れまでを、ずぅーっとずっと、一緒に生きてこられた「母ちゃん」なのです。《ここに描かれたそのひと》が母君と一緒に刻んでこられた歳月という時空間。母そして子として、いろんなことを体験されては、笑い、泣き、怒り、叱られ、してこられたその大切な瞬間の数々が、この「母ちゃん」という言葉から蘇り来るように思えます。「叱ってくれよ」「母ちゃんよ」と、終助詞「よ」を畳み掛けることによって生まれ出た韻律からこぼれおちる切実感が句想を下支えしているところも、なかなかです。机の上の拵え事などでは決してない、手触りのある語りが魅力でした。

 

追い越せぬ背中のままに父が逝く  (あぶれもん)

父君の「背中」を「追い越せぬ背中」であるとした換喩仕立ての措定が、切なく、尊く光ります。《ここに描かれたそのひと》にとって、お父上は、いつも、仰ぎ見る存在でい続けて下さっていたのだ、ということを、この措定が静かに示してくれているのです。いつか、自分も父さんのようになりたい、と、「父」君を見つめ、日々を過ごしておられた《ここに描かれたひと》。そのあたたかな連続が、ある日、突然、不連続となってしまう――。そこから始まる種々の葛藤や後悔、哀切、追慕そして感謝。あふれて、こらえて、こらえきれなくなって、あふれさせて、《ここに描かれたひと》がその裡に抱く思いは無尽に広がってゆきます。父さん、……俺は俺なりにがんばったけど、やっぱり、父さんにはかなわないよ、俺の一番は、やっぱり、父さんなんだ……。あえて言い募らない語りが、そうした句意を、じんとふくらませてくれているところにもご注目いただけるでしょうか。「追い越せぬ背中のまま、だった……」、という思いの背後に呆然と突っ立っているのは、なんでなんだよ、父さん、なんで死んじゃったんだよ……という叫びなのです。この父の子に産まれ得たということ、それがもたらしてくれたことのすべてを全身に刻んで、逝く父君を全心で抱きしめる、《ここに描かれたひと》の頬の懸命が、ひたすら沁み来ます。

 

死にたいと言うな私を産んだ母    (八木五十八)

生と死という対極にある二物を、このようなかたちで対置させた措定の仕方の、なんと、見事なことでしょう。ああ、もう私は耐えられない……と思ってしまうほどの苦しみを抱えておられる《ここに描かれたひと》のお母上は、なんと、「死にたい……」と漏らされているのです。自分の母が漏らしたひとことが、こともあろうに「死にたい……」であることを知った子が、どれほどの衝撃を受けるかは言うまでもありません。けれど、《ここに描かれているひと》は、揺さぶられる心を握りしめて、きっぱりと宣告するのです。ああ、母さん……、母さんは、僕を産んでくれた、たったひとりの母さんなんだ、僕を産んでくれた母さんが、僕という命の源である母さんが、なぜ、死にたい、なんて言うんだ、――と。これほど説得的な説得があるでしょうか。母であるそのひとを一心に思う《ここに描かれたひと》の、切ないまでに真摯なまなざしが見えます。《子であるからこその思い》が、破裂しそうなほどに詰まった造形に、ただただ、打たれました。

 

逝きざまは見せて貰った 次は俺 (山法師)

逝かれた方は《ここに描かれたひと》と、どのような関係にある方でいらしたのか、あえて、それには言及せずにおいたことによって、この句は、心の通じ合った人間同士に訪れる、大切なひとのご逝去全てに通底する一句となり得ました。これは素晴らしいことです。《逝かれたひと》は、お父上やお母上のようなご親族でいらしたのか、同志とも言うべき盟友でいらしたのか、尊敬する師や先輩でいらしたのか、いずれであっても、それは大きな衝撃となりましょう。逝ってしまわれた大切なひとの、その亡骸の前に立ち尽くす《ここに描かれたひと》の、ふるえる背中が見えるようです。なんでなんだ、が渦巻く愕然の中、零れに零れくる涙を腕で拭いながら、《ここに描かれたひと》は、きっと、こんなふうに思って、涙だらけの顔を上げようとなさるのです。泣いてちゃいけない、そうだよ、俺は泣いてちゃいけない、泣いてるだけじゃ、お前が教えてくれたことを無駄にすることになるもんな……、お前はこんなにも見事に死んでいった――、死に様は生き様なんだ、うん、そうだよ、次は俺の番だ、見ていてくれ、俺はやる――、と。一人称単数を表わす呼称を「僕」や「私」ではなく、「俺」とした措定が効果的で、句想を、よりアクチュアリティーのあるものとしました。「次は俺」という結句が湛える覚悟に、たまらなく惹かれます。


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第4回ホスピ川柳 受賞作品


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