目次
1. プリオン病とは
1-1. プリオンとは伝達性海綿状脳症の伝達因子
プリオンとは、クロイツフェルト・ヤコブ病などの伝達性海綿状脳症の伝達因子のことです。伝達性海綿状脳症は、脳内に異常プリオン蛋白質が蓄積することで発症する神経疾患で、その伝達因子(感染因子)である異常プリオン蛋白質そのものを「プリオン」と呼びます。
1-2. プリオン病はプリオンにより引き起こされる疾患の総称
プリオン病は、ガイドラインで以下のように定義されています。
(ガイドライン p5)
プリオン病は”感染”因子プリオンによる人獣共通感染症で、認知症を中心として様々な神経症状を呈する進行性で致死的な神経疾患の一群である。
つまり、プリオンにより引き起こされる疾患の「総称」がプリオン病ということになります。
1-3. プリオン病は大きく3つに分類される
プリオン病は、その由来により①特発性プリオン病(プリオンの由来が不明)、②遺伝性プリオン病(遺伝子変異によるプリオン病)、③獲得性プリオン病(プリオンに暴露した病歴が明瞭)の3つに分類されます。国内のサーベイによると、プリオン病は76%が特発性、20%が遺伝性、2%が獲得性という内訳になっています。
分類 | 由来 | 病名 |
特発性プリオン病 | プリオンの由来が不明 | ・孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病(sCJD) ・variably protease-sensitive prionopathy(VPSPr) |
遺伝性プリオン病 | 遺伝子変異による | ・遺伝性CJD ・Gerstmann-Strӓussler-Scheinker病(GSS) ・致死性家族性不眠症(fatal familial insomnia: FFI) ・その他:全身性 PrPアミロイドーシスなど |
獲得性プリオン病 | プリオンに暴露した病歴が明瞭 | ・クールー(kuru) ・医原性 CJD:硬膜移植 (dCJD)、下垂体製剤、角膜移植、脳深部電極、脳外科手術ほか、輸血(vCJDの場合) ・変異型 CJD(variant CJD: vCJD) |
1-4. クロイツフェルト・ヤコブ病はヒトが罹患するプリオン病の代表的疾患
「プリオン病とヤコブ病は何が違うの?」という疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease: CJD、以下ヤコブ病)は、ヒトが罹患するプリオン病の代表的疾患です。ヒトのプリオン病の約76%は孤発性ヤコブ病と言われています。つまりヤコブ病は、ヒトが罹患するプリオン病の中の1つという位置づけになります。
1-5. 動物が罹患するプリオン病で有名なのはウシ海綿状脳症(BSE)
動物が罹患するプリオン病の例としては、ウシ海綿状脳症(bovine spongiform encephalopathy: BSE)が挙げられます。「狂牛病」というと、ピンとくる方もいるかもしれません。ちなみに、狂牛病はヨーロッパのマスコミがつけた名称mad cow diseaseの和訳であり、ウシ海綿状脳症が正式名称です。
1-6. プリオン病の発症率は約0.0001%~0.0002%
プリオン病は、急速に進行する認知症を特徴とする神経疾患で、年間人口100万人あたり約1~2人が罹患する極めて稀な疾患です。
1-7. 通常の社会的接触を介しては広がらない
プリオン病の原因は中枢神経系に存在する異常プリオン蛋白質とされており、伝達性(感染性)を持つと言われていますが、通常の社会的接触を介して人々の間に広がることはないと言われています。
1-8. 現時点で有効な治療法はない
現時点では、プリオン病に対する有効な治療法はありません。孤発性ヤコブ病は初老期に発症し(平均64歳)発症から数ヶ月以内に無動性無言に至り、平均15.8ヶ月で死亡すると言われています。
2. プリオンと細菌・ウイルスの違い
2-1. 細菌やウイルスは遺伝情報を基に複製を繰り返して増殖する
細菌やウイルスなどのあらゆる微生物は、増殖に必要な遺伝情報としての核酸(DNA/RNA)を持っています。その核酸を持ち生体内に侵入後、みずからの遺伝情報をもとに複製を繰り返すことにより増殖します。
2-2. プリオンは正常プリオン蛋白質を異常プリオン蛋白質に変換して伝達する
一方プリオンは、蛋白質のみから構成されており、遺伝情報である核酸を持っていません。生体内にある正常プリオン蛋白質(PrPC)を異常プリオン蛋白質(PrPSc)に変換することで、伝達(感染)を引き起こします。
正常なプリオン蛋白はくるくるリボンのような螺旋構造であり、感染性(異常)になると平坦な構造になると考えられています。
2-3. 病原微生物に用いられる一般的な滅菌・消毒法ではプリオンを不活化できない
既述の通り、プリオンはその構造も伝達(感染)方法も、通常の病原微生物とは異なります。そして、その不活性化はとても困難です。ウイルスや細菌などの病原微生物とは異なった滅菌・消毒法で、不活性化させる必要があります。
(ガイドライン p9)
プリオン病の病原因子であるプリオンは、CQ1-2の回答に示されているように、通常のウイルスや細菌などの病原体とは異なる、蛋白性の感染粒子である。したがって、通常のウイルスや細菌などの病原微生物に用いられる一般的な滅菌・消毒法で不活性化させる事ができない。
3. プリオンを不活性化する方法
3-1. プリオン蛋白質を変性させる方法
プリオンは感染性蛋白で構成される病原体であり、その滅菌(不活性化)は容易ではなく、蛋白質を変性させる方法がよく用いられます。ガイドライン(p11)では、以下の方法が示されています。
分類 | 不活性化方法 |
プリオンを完全に不活性化する方法 | ・高温による焼却 |
感受性実験動物に対する伝達性を失わせるレベルの不活性化 | ・次亜塩素酸ナトリウム (NaOCl)(次亜塩素酸ナトリウムとして 2%、もしくは 20,000 ppm以上) ・高濃度アルカリ洗浄剤(pH 12 以上) ・ドデシル硫酸ナトリウム / 水酸化ナトリウム (SDS/NaOH)(SDS 0.2% を含む NaOH3% 水溶液 ) |
不完全な不活性化(伝達性が残存) | ・オートクレーブ(AC : 134℃,18 分) ・3%SDS ボイリング、1M〜2M NaOH(20℃,1 時間 ) ・中濃度アルカリ洗浄液(pH12 以下 ,55℃もしくは 65℃) ・過酸化水素ガス滅菌(濃度、温度条件により伝達性が検出できない場合もある) |
ほとんど不活性化されない(伝達性がかなり残る) | ・過酢酸 ・SDS(室温 ) ・過酸化水素水 ・酵素洗浄剤 |
3-2. 不完全な不活性化法でも組み合わせることで伝達性を下げられる
3-1. で示された方法は、単体では不完全な不活性化法であっても、組み合わて実施することでプリオンの伝達性(感染性)を十分に下げることができます。ガイドラインにおいても、アルカリ洗浄剤とオートクレーブの組み合わせなど、複数の不活性化法を組み合わせて行うことが強く推奨されています。
(ガイドライン p11)
不完全な不活性化法であっても組み合わせることで伝達性を検出限界以下にすることが可能である。したがって、実際に不活性化を行う場合、複数の不活性化法を組み合わせて行う事が強く推奨される。例えば、アルカリ洗浄剤とオートクレーブを組み合わせることにより高いレベルの不活性化が可能となる。
3-3. ガイドラインでは現場で実践・適用可能な方法を用いることを強く推奨
また、3-1. で示された方法の中には、現場には不向きな方法も含まれています。例えば、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)はプリオンの高い不活性化が得られますが、その取り扱いを考えると医療機関には不向きです。
ガイドラインでは、プリオンの不活性化について、現場で実践・適用可能な方法を用いることを強く推奨しています。4章では、ガイドラインで推奨されている医療機関で実践可能なプリオンの不活性化法(ハイリスク器材の再生処理の方法)をご紹介します。
4. ガイドラインに則したハイリスク器材の適切な再生処理
4-1. ハイリスク手技に使用した器材は全てプリオン不活化のための洗浄・滅菌を行う
令和3年7月13日の厚生労働省からの通知「手術器具を介するプリオン病二次感染予防策の遵守について」では、プリオン病の感染症疑いの有無にかかわらず、ハイリスク手技を行った場合は、プリオン病感染予防ガイドラインに従ったプリオン不活化のための洗浄・滅菌を行うよう記載されています。
医療機関は、プリオン病の感染症疑いの有無にかかわらず、ハイリスク手技を行った場合は、「プリオン病感染予防ガイドライン(2020年版)」に従い、脳、脊髄、硬膜、脳神経節、脊髄神経節、網膜又は視神経に接触する可能性があり、かつ再使用可能な医療機器についてプリオン不活化のための洗浄、滅菌を行うこと。
つまり、手術した患者がプリオン病(又は疑い)の場合だけではなく、ハイリスク手技に使用した器材はすべてプリオン不活化のための再生処理を実施すべきということです。
4-2. 脳神経外科、整形外科、眼科、耳鼻科の一部手技がハイリスク手技に該当
厚生労働省からのプリオン病二次感染予防策に関する通知において、ハイリスク手技は「脳、脊髄、硬膜、脳神経節、脊髄神経節、網膜又は視神経に接触する可能性がある手技」と定義されています。
上記のような手技を行う脳神経外科や整形外科、眼科、耳鼻科の一部手技が、プリオン病二次感染のハイリスク手技に該当します。
4-3. ハイリスク手技一覧
ガイドライン(p18)に記載されている、ハイリスク手技の一覧は以下の通りです。まずはガイドラインを基に、自院で実施しているどの手術が該当するのか確認する必要があります。
診療科 | 手技 |
脳神経外科 | ・硬膜切開あるいは穿刺を行う手術 ・下垂体あるいは松果体に触れる手技を含む手術 ・脳神経節および周囲の組織に触れる手技を含む手術 ・髄液が漏出する手技を行う手術 ・脳生検術を受ける患者 |
整形外科 | ・硬膜切開あるいは穿刺を行う手術 ・脊髄後根神経節および周囲の組織に触れる手技を含む手術 ・髄液が漏出する手技を行う手術 |
眼科 | ・視神経あるいは網膜に触れる手技を含む手術 ・眼球または眼窩内容に触れる手技を含む手術 ・眼球摘出術や義眼台充填術 ・角膜移植術 |
耳鼻科 | ・嗅神経周辺の粘膜に及ぶ手術 |
4-4. オートクレーブやアルカリ洗浄の可否で器材を分類する
ハイリスク手技に該当する器材を特定した後、それぞれの器材を適切に再生処理するための分類を行います。まずは、器材に耐熱性があるか(オートクレーブが可能か)で分類し、耐熱性があるものは更に、アルカリ性洗浄剤の使用可否で分類を行います。下記図を基に分類を進めると、器材がA、B、Cの3パターンに分類されます。パターン毎の再生処理の方法については、4-6. で解説します。
パターンA:耐熱性がありアルカリ洗浄ができる器材
パターンB:耐熱性はあるがアルカリ洗浄ができない器材
パターンC:耐熱性がない器材
4-5. アルカリ洗浄剤の器材への影響のまとめ
器材の材質によっては、アルカリ性洗浄剤を使用することで器材に腐食や変色が発生します。アルカリ洗浄剤が器材へ与える影響については、ガイドライン(p27)に以下のようにまとめられています。4-4. で器材を分類する際は、ガイドラインおよび器材の取扱説明書の情報を基に、その器材のアルカリ性洗浄剤の使用可否を確認します。
器材 | アルカリ性洗浄剤による影響 |
アルミニウム製器械 |
・中温アルカリ洗浄においても腐食、変色しうる。弱アルカリ性洗浄剤でも腐食、変色しうる。 |
真鍮製器械 |
・銅真鍮はアルカリ洗浄剤に含まれるキレート剤により侵食される。高温ほど、侵食される。 |
チタン製器械 |
・有色のチタン製器械は変色する。これは、アルマイト加工(陽極酸化)により形成された酸化皮膜が膜厚するためである。その結果、光の干渉現象が生じる結果、変色する。さらに、アルカリ洗浄剤により、その酸化皮膜が薄くなって退色することも起こりうる。 |
ガラス製器材 |
・ガラスの種類にもよるものの、アルカリ性洗浄剤を高濃度で長時間作用させると、表面が白色に変色しうる。 |
各種樹脂類(プラスチック) |
・洗浄剤との適合性は、樹脂の素材により異なる。たとえば、フェノール樹脂はアルカリ性洗浄剤の影響を受けるので使用できない。ポリカーボネートやポリウレタンにも使用しないほうが良い。 |
各種ゴム類 |
・ゴムには天然ゴム、イソプロピレンゴム、スチレンブタジエンゴムなど様々な種類がある。洗浄剤との適合性は、樹脂の素材により異なる。たとえば、ウレタンゴムはアルカリ性洗浄剤の影響を受けるので使用できない。フッ素ゴム、アクリルゴム、シリコンゴムにも使用しない方が良い。 |
4-6. 器材分類ごとに適切な再生処理を行う
4-4. で分類した器材を、それぞれのパターンに適した方法で再生処理を行います。
パターンA:耐熱性がありアルカリ洗浄ができる器材
耐熱性がありアルカリ洗浄が可能な器材は、洗浄工程においてウォッシャー・ディスインフェクター(WD)による高温アルカリ洗浄(90~93℃)を実施します。その後、滅菌工程にて、高圧蒸気滅菌器(真空脱気プレバキューム)で134℃ 8~10分のプログラムで滅菌します。
パターンB:耐熱性はあるがアルカリ洗浄ができない器材
耐熱性はあるがアルカリ洗浄ができない器材は、洗浄工程においては、器材メーカーの指示に従い適切な洗浄を実施します。その後、滅菌工程において、高圧蒸気滅菌器(真空脱気プレバキューム)にて134℃ 18分のプログラム(通称:プリオンサイクル)で滅菌します。
パターンC:耐熱性がない器材
耐熱性がない器材は、洗浄工程において、器材メーカーの指示に従い十分な洗浄(洗浄を2回繰り返すことも推奨される)を実施します。その後、滅菌工程では、過酸化水素低温ガスプラズマ滅菌器でプリオン不活性化が確認されたプログラムを使用して滅菌します。
5. プリオンサイクル(134℃ 18分)の滅菌保証
5-1. 通常サイクルとプリオンサイクルは滅菌保証の仕方も異なる
プリオン蛋白質の不活化を目的としたプリオンサイクルは、病原菌の滅菌を目的とした通常サイクルと滅菌対象、滅菌条件、モニタリングの方法が異なる点に注意が必要です。
通常サイクル(vs 病原菌) | プリオンサイクル(vs プリオン蛋白質) | |
滅菌対象 | 菌の中で最も蒸気滅菌への耐性が強い geobacillus stearothermophilus |
菌ではなくより耐性の強いプリオン蛋白質 |
滅菌条件 | 134℃ 3分~ | 134℃ 18分 |
モニタリング | BI および/または CIで確認 | プリオンサイクル専用のCI(SV値:134℃ 18分) ※BIでは確認できない |
5-2. プリオンサイクルは専用のインジケータで滅菌保証する
プリオン蛋白は病原菌ではなくより耐性の強い蛋白質であるため、その滅菌保証においては、プリオン不活性化条件(134℃ 18分)を達成していることを確認する必要があります。通常サイクルで使用するBIやCI(SV値:134℃ 5分など)では、プリオン不活性化の条件達成は確認することができません。プリオンサイクルが正しく行われたかを確認するには、プリオンサイクル専用のインジケータ(SV値:134℃ 18分)を使用する必要があります。
高圧蒸気滅菌用タイプ6CI(SV値:134℃ 18分)
プリオンサイクル用インジケータ(コンパクトPCD専用/SV値:134℃ 18分)
5-3. コンパクトPCDで器材内腔レベルでの滅菌条件達成を確認する
滅菌が困難な内腔器材内部までの滅菌保証を実現するSALWAYのコンパクトPCDは、プリオンサイクル専用のインジケータ(SV値:134℃ 18分)も用意しています。コンパクトPCDにプリオンサイクル用インジケータを挿入し使用することで、蒸気が浸透しづらい内腔器材内部レベルでのプリオン不活性化の条件達成を確認することができます。
6. まとめ
いかがでしたでしょうか。
プリオンは蛋白質そのもので不活性化が困難であり、他の病原微生物に用いられる滅菌方法では不活性化することができません。そのため、プリオン病二次感染のハイリスク器材は、プリオン不活性化のための適切な洗浄・滅菌を実施し、プリオン不活性化条件(134℃ 18分)の達成を適切な手段でモニタリングする必要があります。
プリオンハイリスク器材の再生処理やその滅菌保証に関するお問合せや各種ご依頼(お見積り/サンプルなど)は、営業担当またはSALWAYのWebサイトのお問合せフォームよりご連絡下さい。
SALWAY コンパクトPCD / プリオンサイクル用インジケータ