JOURNAL

再生処理の現場

再生処理の現場 vol.13(後編) GKE社 ウルリッヒ・カイザー博士 来日インタビュー 「インジケータは、洗浄・滅菌の結果を証明するためのものではない」

ウルリッヒ・カイザー博士、株式会社名優 山根貫志、株式会社名優 山根優一

再生処理の現場に立つ、さまざまな方の声を届ける「再生処理の現場」。vol.13の今回は特別編として、洗浄・滅菌分野のリーディングカンパニー・GKE社のゼネラルマネージャーを務めたウルリッヒ・カイザー博士が2024年7月に来日された際のインタビューの様子を、前後編に分けてお届けします。インタビュー後編となる本記事では、前編で話題に上がったクオリティマネジメントシステムの重要性から、インジケータにまつわる再生処理業界への疑問、これからの世代へ向けたメッセージをお話いただきました。聞き手は前編に引き続き、株式会社名優 代表取締役の山根貫志と社長室 室長の山根優一が務めます。

ウルリッヒ・カイザー博士

バリデーションに対する業界の誤解

山根貫志(以下、山根) バリデーションについて勘違いされている方は多いと思います。バリデーションは本来、クオリティマネジメントシステム(QMS:Quality Management System)に基づいて洗浄や包装も含めた再生処理プロセス全体で行うものですが、滅菌器のバリデーションのみを行って「バリデーションができている」と考える方が多いです。滅菌物という「製品」をつくるという点で、中央材料室は工場と同じです。製品の品質を保つメーカーと同じように、中央材料室においてもQMSがなくてはならない。ようやく病院機能評価の基準の中に、中央材料室に関する内容が設けられるようになりましたが、医療監視においては未だに簡単な調査項目しかありません。

株式会社名優 山根貫志

山根優一(以下、優一) 再生処理は製造業であり、無菌性保証水準(SAL)を達成するために必要なプロセスをきちんと整備し、QMSに則って業務を進めていくことを監視するのが、中央材料室のあるべき姿だと思うのですが、病院のなかで製造業の考え方をしなくてはならないという意識を持っている方が、まだまだ数として少ないのが現状です。

ウルリッヒ・カイザー博士、株式会社名優 山根貫志、株式会社名優 山根優一

カイザー これはとても建設的な議論だと思います。重要なのは、私たちは洗浄の結果を示すインジケータを販売しているのではないことです。洗浄器に設置した私どものインジケータの色が変わったとしても、洗浄器が適正に稼働していたことを確認できるだけであり、器材が完全に洗浄されたというわけではありません。これは世界中で誤解されていることで、多くのメーカーがこの違いを理解しないままインジケータを販売しています。私たちのインジケータは、いわゆるプロセスモニタリングのためであり、洗浄結果のインジケータではないのです。

ウルリッヒ・カイザー博士

優一 洗浄結果を疑似的に試験するために、ステインレススチールに羊の血液などを付着させて洗浄器にいれ、それが落ちているかを確認する方法もありますが、それでも器材そのものが完全にクリーンかどうかは言い切れないと言うことですね。

ウルリッヒ・カイザー博士、株式会社名優 山根貫志、株式会社名優 山根優一

カイザー バリデーションとは、器材が洗浄や滅菌されていることを”理論上”証明するためのものであり、あくまでインジケータは、意図している通りに再生処理の工程が行われているかどうかを確かめるためにあります。洗浄や滅菌できているかどうかは目に見えないので、必ずこういったテストをする必要があるのです。再生処理の仕事のスタート地点はここにあります。

ウルリッヒ・カイザー博士

多くの企業が、インジケータが問題ないと示していれば、まるで家庭用食器洗浄機のように器材の洗浄が完了すると考えています。はっきり言ってそれはまやかしです。機器に付着した血液が落ちていれば、それが本当に清潔だと言えるのでしょうか?理論的に、洗浄・滅菌結果を直接的に示すインジケータは存在しないのです。

株式会社名優

滅菌領域の学位の必要性

カイザー これはとてもセンシティブな話題だと思いますが、20年前、歯科では抜歯などの処置をおこなっているにもかかわらず、患者の出血などがなく、侵襲的(invasive)ではない領域だとされてきました。しかしながら、インプラントに関しては侵襲的ではないとは言えないはずで、感染管理のルールに従って処置を行う必要があります。徐々に状況は変わり、現在は歯科医院でも病院のような再生処理のシステムが必要となりました。これは長い闘争の結果だと思います。現在の日本の状況についてはいかがですか?歯科医院の再生処理の状況はよくなっているのでしょうか。

ウルリッヒ・カイザー博士

優一 歯科医院ではまだ大きな課題があると言えます。2019年に報じられたデータによると、歯科医院の約50パーセントは適切に器材を再生処理できていないとのことでした。その報道の後、クラスBのオートクレーブを購入する歯科医院が増えています。

株式会社名優 山根優一

カイザー ドイツにおいても、コストの観点から感染管理を徹底するために必要な機器を揃えることに躊躇してしまっているクリニックはあります。やはりこういった状況を変えていくためにも、教育が必要だと思います。

ウルリッヒ・カイザー博士

ちょうど2週間前、年に一度開催されている国際規格の会合に参加するためにアイルランドに行ったのですが、滅菌処理について学ぶことができる初の修士過程が設立されたことを知りました。ドイツでは30年前から、3年制の専門学校で滅菌処理について学ぶことができ、私も半年前まで講義を行っていましたが、そこで得られるような滅菌に関する知識とスキルを身につけることができる大学はまだ存在しないのです。滅菌の学位がないことは、世界中の問題でもあります。

株式会社名優 山根優一

衛生士にはもちろん滅菌に関する知識と技術が求められます。それは議論の余地がなく明らかなことです。衛生士は、100%滅菌された器材だけを患者さんに使用するべきなのです。看護師は医学のほかに、微生物学や細菌について少し学んでいる場合もありますが、滅菌について学ぶ機会は現在ありません。滅菌器に器材を入れればすべてが滅菌されると信じている、このことが大きな問題だということさえ知らないのです。

ウルリッヒ・カイザー博士

医師も同様で、彼らは滅菌について何も知りませんし、訓練もされていません。それについて学んでいる医師はごく少数で、技術的なことに関わろうともしない場合がほとんどです。幸い若い世代はよりオープンな考え方をするようになってきていますが、特に日本においては心理的柔軟性の低さは大きな課題のひとつだと思います。

ウルリッヒ・カイザー博士、株式会社名優 山根貫志、株式会社名優 山根優一

患者自身が病院について調べることは、人生の課題

カイザー 医療における最も大きな問題の一つは、完璧であるはずはないのに、まるで失敗が起きないかのように言われていることです。これはどの病院も話したがらないことですが、不十分な感染対策によって、2〜5%患者が院内感染に罹ってしまっています。こういった事態が起きているのにもかかわらず、誰もそのことに触れたがらず、伏せたままにしようとしている。

ウルリッヒ・カイザー博士

術後に患者が感染しないためには、常に院内感染のリスクに気を配る必要があり、100%の感染対策を行う必要があるのです。院内感染の発生率は抗生物質の処方だけではなく、システマチックな感染制御を行うことで下げることができます。取り組み方次第で、そのリスクは劇的に減らすことができるのです。

ウルリッヒ・カイザー博士

ドイツとオランダ、ベルギーでは、各病院のさまざまなデータが公開されているので、どの病院の院内感染率が低いのか、誰もが知ることができます。一般の方々も再生処理について多少は理解しているので、ただ病院に行くのではなく、公開されている情報を見て、より安全な病院を選んでいます。私も5年前、人工股関節置換術を受けて無事成功しましたが、同様の手術を年間に1,000件おこなっている病院を選んだことで、3日もすれば以前よりも調子良く歩けるようになりました。病院を自ら選ぶことは、人生の課題だといえます。患者自身も学ぶ必要があり、そうすれば社会全体が前進していくことでしょう。

株式会社名優 山根優一

優一 日本の再生処理の水準を上げるためには、ドイツのようにQMSの運用に則った中央材料室のレギュレーションが必要だと思いますが、そのためには世間一般の患者さんたちの関心も集める必要がありますね。さらに中央材料室で働いている方々が、より再生処理の世界に興味を持ち、学びたくなるようなきっかけをつくることも大事なのではないかと思います。今後もボトムアップからの質の向上に貢献していきたいと考えています。

株式会社名優 山根貫志

山根 再生処理をよくしていきたいと思う現場の方々を増やしていくために、今後も啓蒙活動を続けていくことが大切だと思います。最後に、これからの時代を担う方々へのメッセージをいただけますか?

ウルリッヒ・カイザー博士

カイザー それはとてもシンプルで、「年長者の言うことは信じるな」ということです(笑)。そして、何がベストなのかを見つけるための努力をすること。これまでの慣習に闇雲に従わず、クリエイティブであること。私も82歳ですので、もうそろそろ引退すべきかもしれないですね(笑)。

ウルリッヒ・カイザー博士

 

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※ご所属・肩書・役職等は全て掲載当時のものです。