1. マスター製品とは
1-1. マスター製品とは製品ファミリーの中で最も滅菌が困難なもの
「医療現場の滅菌保証のためのガイドライン2021」(以下、ガイドライン2021)より、マスター製品という概念が導入されました。ガイドライン2021において、マスター製品は製品ファミリーの中で最も滅菌が困難(滅菌抵抗性が高い)な製品と定義されています。
滅菌の困難性から医療機器をいくつかのファミリーに分類し、その中で自施設において最も滅菌困難なものをマスター製品と定義付けます。
1-2. 製品ファミリーとは類似の性質を持つRMDの集まり
製品ファミリーとは、類似した性質(材質や構造など)を持つRMD(再使用可能医療機器, 以下RMD)の集まりを指します。RMDの性質が似ているため、製品ファミリーは同一の滅菌条件で処理することができます。
RMDの取り扱い説明書や情報を参考にしてRMDの分類を進め、同一チャンバーで滅菌する製品ファミリーを選定していきます。
1-3. マスター製品の選定手順
ここでは、ガイドライン2021(p125-126)で紹介されている製品ファミリーおよびマスター製品の選定例を基に、どのように選定を進めるかを解説します。
マスター製品の選定に際して、以下の表を使用します。
① RMDの器材/セット名を羅列する
自院で高圧蒸気滅菌を行っている器材/セット名を、表のA列に羅列します。ここでは、7つの器材/セットを例として挙げています。
② 器材/セットに対する滅菌温度、滅菌時間、空気排除要求を記入する
RMDメーカーの再生処理に関する取扱説明書に基づき、それぞれの器材/セットに対する滅菌温度、滅菌時間、空気排除要求の情報を、表のB~D列に記入します。
③ 器材/セットの空気排除の抵抗性、材質、包装材、重量を記入する
ガイドライン2021のp125 表9-5 RMDの分類を参照し、それぞれの器材/セットの空気排除の抵抗性、材質、包装材、重量を表のE~H列に記入します。空気排除の抵抗性、材質、包装材については該当する数値を、重量については実測重量(g)を記入します。
表9-5 RMDの分類
④ 滅菌温度、滅菌時間の情報を基に表を並べ替える
製品ファミリーの選定では、滅菌温度および滅菌時間が基準となります。表のB-C列の滅菌温度および滅菌時間を基に、表を並べ替えます。
⑤ 並べ替えた情報から製品ファミリーを選定し、分類する
④で並べ替えた情報を基に、同じ滅菌温度・滅菌時間で処理できる製品ファミリーを選定し、表のI列に分類を記入します。
⑥ RMDメーカーの取扱説明書に基づき、製品ファミリー毎に滅菌条件を設定する
分類したRMDの滅菌条件をメーカーの取扱説明書を基に確認し、滅菌器の滅菌条件(予熱、空気除去、滅菌温度、滅菌時間、乾燥時間など)を設定します。設定した条件を、表のJ列以降に記入します。
重量が大きい器材は大量の蒸気を必要とするため、昇温遅れが生じます。包装(セット組み)された状態のRMDの重量を考慮して、滅菌時間を設定します。また、RMDによっては乾燥時間の下限が指定されているものもあるので、注意が必要です。
⑦ 製品ファミリー毎に、最も滅菌が困難なRMDをマスター製品として選定する
RMDの分類に使用される4要素(空気排除の抵抗性、材質、包装材、重量)は、その数値が大きくなるほど、滅菌抵抗性が高いことを示します。これらを総合的にみたうえで、マスター製品を選定します。
例えば、製品ファミリーNo.③の例では、「手術器械セット1」よりも「人工骨髄セット」の方が総合的な点数は高くなるため、「人工骨髄セット」がマスター製品となりえます。なお、マスター製品の選定において、複数候補がある場合はすべて検証する必要があります。
2. 日常出荷判定用PCDとは
2-1. 本記事における日常出荷判定用PCDの定義
ガイドライン2021のp18において、日常の滅菌処理に使用する出荷判定用のテストパックは、以下の優先順位で選定するよう記載されています。
日常の滅菌処理に使用する出荷可否判定用のテストパックは、以下の優先順位で選定する。
①マスター製品にBIおよび/またはCIを設置したもの
②マスター製品に特性が似た製品や模擬製品に BIおよび/またはCIを設置したもの
③市販のPCDにBIおよび/またはCIを設置したもの
本記事では、多くの医療機関で実施されている②および③を「日常出荷判定用PCD」と定義します。タオルなどを使用した手作りのPCDや、市販のPCDなどが該当します。
2-2. 日常出荷判定用PCDの中にはBI および/または CIを入れて使用する
ガイドライン2021では、日常出荷判定用PCDの中にBI および/または CIを設置することが求められています。すなわち、日常出荷判定のPCDの中に入れるインジケータは3パターン存在し、そのいずれも認められた方法として捉えることができます。
①日常出荷判定用PCDの中にBIを入れたもの
②日常出荷判定用PCDの中にCIを入れたもの
③日常出荷判定用PCDの中にBIとCIを入れたもの
2-3. 日常出荷判定用PCDには、マスター製品と同等以上の滅菌抵抗性が求められる
日常出荷判定用PCDには、マスター製品と同等以上の滅菌抵抗性が求められます。これは、出荷判定がワーストケース(マスター製品よりも滅菌しづらいPCDが合格していればすべての器材は滅菌できていると推定する)の考えに基づいているためです。
日常出荷判定用PCDの結果をもって払い出しを行うためには、そのPCDがマスター製品と同等以上の滅菌抵抗性であることの確認が必要となります。
ガイドライン2021(p18)より引用
日常の滅菌処理に使用する出荷可否判定用のテストパックは、以下の優先順位で選定する。
①マスター製品にBIおよび/またはCIを設置したもの
②マスター製品に特性が似た製品や模擬製品に BIおよび/またはCIを設置したもの
③市販のPCDにBIおよび/またはCIを設置したもの
②または③を使用する時には、これらが①と同等以上の滅菌抵抗性であることの確認が必要である。
3. 滅菌抵抗性を比較するための方法 DIN58921
3-1. DINとはドイツの工業規格
DINは「ドイツ工業規格 Deutsche Industrie-Norm(en)」の略称です。これはドイツ規格協会(Deutsches Institut für Normung)が制定し、ドイツ連邦共和国が定めた国家規格です。DIN規格は日本のJIS (Japan Industrial Standard 日本産業規格)に相当するものです。
3-2. DIN58921には滅菌抵抗性を比較する方法が記載されている
DIN58921では、開発した医療機器の滅菌確認を行うために、医療機器シミュレーターを開発し、それらの滅菌抵抗性を比較する方法が記載されています。
医療機器シミュレーターとは、医療機器の滅菌抵抗性を模倣したPCDのことです。医療機器の滅菌を確認するために、その医療機器よりも空気除去や蒸気浸透などへの難易度が高く設計されています。例えば、歯科用のハンドピースの滅菌確認に使用する歯科用コンパクトPCDの滅菌抵抗性の確認にも、DIN58921の方法が適用されています。
歯科用コンパクトPCD
3-3. 医療機器と医療機器シミュレーターの双方にBIを植菌する
DIN58921の滅菌抵抗性を比較する方法では、医療機器と医療機器シミュレーターの双方にBIを植菌(塗布)します。
ここで使用するBIは、医療機関で一般的に使用するSCBI(培地一体型BI)ではなく、SCBIの中に存在する指標菌の懸濁液(サスペンション型BI)です。指標菌の懸濁液を直接器材に塗布することで、器材の滅菌しづらい箇所の滅菌確認を行うことができます。
サスペンション型BI
3-4. 真空到達度を浅くした滅菌後のBIの判定結果を基に、滅菌抵抗性を比較する
高圧蒸気滅菌の真空到達度を浅くし、意図的に空気を残存をさせる方法で滅菌抵抗性の比較を行います。滅菌抵抗性が高い器材ほど、空気が残存しやすいため、蒸気が浸透せず先にBIが不合格を示します。
上記試験の後、滅菌抵抗性が「医療機器シミュレーター>医療機器」と示されれば、医療機器シミュレーターを医療機器の滅菌確認用として使用できるという理屈です。
次項では、DIN58921の方法をどのようにマスター製品と日常出荷判定用テストパックの滅菌抵抗性の比較に活かせるかを解説します。
4. 自施設でマスター製品と日常出荷判定用PCDの滅菌抵抗性を比較する方法
4-1. 証明すべきは滅菌抵抗性が「日常出荷判定用PCD>マスター製品」であること
繰り返しになりますが、適切な日常出荷判定用PCDの選定において証明すべきは、滅菌抵抗性が「日常出荷判定用PCD>マスター製品」であることです。
マスター製品と日常出荷判定用PCDの滅菌抵抗性を比較するために、意図的に滅菌条件を悪くし、どちらが早く不合格を出すかを検証します。
4-2. 意図的に滅菌条件を悪くする方法としてDIN58921を参考にする
意図的に滅菌条件を悪くする方法の一つとして、DIN58921の真空到達度を浅くする方法を参考にできます。
例えば、下記のように真空パルス回数を減らしたり、真空到達度を浅くすることで意図的に滅菌条件を悪くし、マスター製品と日常出荷判定用PCDのどちらが先に不合格を示すかを検証します。
【滅菌条件を悪くする方法の例】
①真空パルス回数:4回/真空引きの深さ:10kpa
②真空パルス回数:3回/真空引きの深さ:10kpa
③真空パルス回数:3回/真空引きの深さ:20kpa
④真空パルス回数:3回/真空引きの深さ:30kpa
⑤真空パルス回数:2回/真空引きの深さ:10kpa
⑥真空パルス回数:2回/真空引きの深さ:20kpa
※①→⑥になるほど蒸気が浸透しづらく滅菌条件が悪い
4-3. 実際の試験の例
ガイドライン2021のp119には、器材の空気排除の抵抗性の例示があり、1)~4)の順で空気排除を強化すべき(滅菌抵抗性が高い)と記載されています。
1)鉗子や鑷子などの鋼製小物類
2)硬性内視鏡やラパロ用トロッカーなどの中空を有する器材
3)リネンやフィルタなどの空気を多く含む器材
4)複雑な構造をもつ器材
このうち、4)複雑な構造をもつ器材 に該当するラパロ鉗子や気腹チューブを模した器材と、日常出荷判定に使用できるPCDの滅菌抵抗性を比較した試験をご紹介します。
この試験では、①ホローロード型PCD(EN867-5)、②気腹チューブ、③ラパロ鉗子、④ポーラス型PCD(ANSI/AAMI ST79)の滅菌抵抗性を、DIN58921を参考に滅菌条件を意図的に悪くし、BI・CIの判定結果を比較しました。
結果、PCDにBI・CIを挿入したいずれの場合においても、滅菌抵抗性は「①ホローロード型PCD > ②気腹チューブ > ③ラパロ鉗子 ≧ ④ポーラス型PCD」ということが明らかになりました。
こちらの施設では、日常的に使用するPCDとして、①ホローロード型PCDが適切であると結論づけています。
試験に関する詳細は、こちらの記事をご覧ください。
【検証試験】日常の出荷判定用テストパックの選定について。市販PCDの選び方は?BIとCIどちらを使うべき?
5. まとめ
いかがでしたでしょうか。
マスター製品とは、同一チャンバーで滅菌する製品ファミリーの中で最も滅菌が困難な器材/セットで、空気除去の抵抗性や材質、包装材、重量などをもとに選定します。日常出荷判定用PCDはマスター製品と同等以上の滅菌抵抗性が求められるため、意図的に滅菌条件を悪くしていく検証を行い、日常出荷判定用PCDが先に不合格を示すことを確認します。意図的に滅菌条件を悪くする方法の一つとして、ドイツの工業規格であるDIN58921の真空到達度を浅くする方法を参考にすることができます。
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