JOURNAL

再生処理の現場

再生処理の現場 vol.9 榊原記念病院 小林誠さん 『病院が滅菌物を保証する仕組みをつくり、国際規格の取得に挑む』

榊原記念病院 小林誠さん

再生処理の現場に立つ、さまざまな方の声を届ける「再生処理の現場」。vol.9の今回は、榊原記念病院の業務管理部材料管理課の課長を務める、小林誠さんにお話を伺いました。小林さんは現在、同病院の中央材料室を対象とした国際規格の取得に取り組まれています。医療機器メーカーが国際規格を取得することは多数ある一方で、中央材料室を対象とした規格の取得は、国内ではまだほとんど浸透していない現状があります。本取材では、小林さんのこれまでの経歴をはじめ、国際規格の取得に取り組むまでの経緯、再生処理の現状への課題意識についてお話しいただきました。

榊原記念病院 小林誠さん

コンビニ店長の経験が活かされた看護助手時代

-これまでの小林さんの歩みについて教えてください。

僕は最初から医療業界にいたわけではなく、学生時代はグラフィックデザインを学んでいたんです。でも、デザインをしているうちに自分が独りよがりになってしまうのを感じて、卒業後はまったく違う道に進みました。デパートで家具の販売員をしたり、造園のバイトをしたり、営業の仕事をしたり。コンビニエンスストアの店長をしていた時期もありましたね。

榊原記念病院

ちょうどコンビニの24時間営業がはじまったばかりの時期で、顧客サービスの最先端の仕事だと思ってやっていたんだけれど、売上のノルマを達成するには、お客様が必要のないものまで売らなくてはならなかった。それが嫌で、サービス業は諦めることにしました。当時は自分の進むべき道がわからなくて、エネルギーを持て余していましたね。

榊原記念病院 小林誠さん

-医療業界にはどのように関心を持ったんですか?

同じ頃に、祖母が体調を崩してしまい、その時に訪問看護に来ていただいた看護師の方々の献身的な仕事が印象に残ったんですね。ノルマなんてないのに、祖母にとてもよくしてくれたのを思い出して、人の生死に関わる仕事に就きたいと思うようになった。それから契約社員で看護助手の仕事に就き、派遣先の榊原記念病院で働きはじめました。

榊原記念病院

2年間ほど、看護師さんの指示のもとベッドメイクや看護備品を整える仕事をしていたんですが、ある日師長さんに「君、おもしろいからうちに来ない?」とスカウトされて、正式に榊原で働くことになったんです。看護助手と中央材料室の統括を担当することになり、いきなり仕事がハードになった(笑)。

榊原記念病院 小林誠さん

-どんなところがおもしろがられたのでしょうか?

まったくの素人として働きはじめたので、医療機器の名前を知らなかったし、どれがどれなのかがわからなかった。そこで、コンビニエンスストアの店長をしていた頃と同じように、どこに何が入っているのかがわかりやすいように、定数制を導入し、在庫管理をしていったんです。コンビニではそれがが当たり前だったので。どういうわけか、コンビニの経験が病院で活かされたわけです(笑)。

榊原記念病院 小林誠さん

作業工程を検証することのおもしろさ

-その頃から中央材料室の統括もされるようになったとのことですが、当時の再生処理はどのような状況でしたか?

実際のところ、今から考えると酷かった。「これで本当に大丈夫なの?」といった状況ではあったんですが、その頃はまだ滅菌のガイドラインがない時代だったので、基準や規格がわからない。現場ではそれで問題ないと思われていました。再生処理についてもっと知りたいと思っても、独学か、中央材料室に出入りしていた業者さんに聞くしかなかった。あとは、首都圏滅菌管理研究会の前身となる研究会が野口英世記念館で開催されていたので、そこで少しずつなにが必要なのかを学んでいきました。

榊原記念病院 小林誠さん

僕はのめり込むタイプだし、なにかと一生懸命になってしまうものだから、わからないことを聞き続けていたんですね。そのうちに仲間が増えていき、気づけば滅菌技士の中で有名になってしまった(笑)。そんな中、ある日メーカーさんから「一緒に研究発表してみませんか?」と声をかけられて、過酸化水素の滅菌器に反応するインジケーターを共同で研究することになりました。その後、実際に日本医療機器学会で発表して、それなりの反響をもらえて楽しかったですね。

榊原記念病院 小林誠さん

-そこまでこの分野にのめり込むようになったきっかけはあったのでしょうか?

以前、榊原記念病院に勤められていた超有名な先生に、医療機器の錆びを指摘されたことがあって。まだ素人だったので、なぜ錆びが出るのかわからなかったんですが、メーカーに問い合わせたり、海外ではどうしているのかを調べたりするうちに、だんだん理由がわかってきて。その時、再生処理の一つひとつの作業工程には意味があって、きちんと滅菌されたものをつくるためには、丁寧な作業と規格の達成、そして検証が必要だと理解できたんですね。思ってもいなかった検証結果が得られたり、自分なりにやり方を修正したりできる、この仕事のおもしろさを感じたんです。

榊原記念病院 小林誠さん

滅菌を理解するために、長く、深くやっていくこと

-現在、榊原記念病院の中央材料室ではどのような体制で再生処理に取り組まれていますか?

ここでは人件費を抑えて、装置による自動化を主として保守とメンテナンス費用に予算を充てる考え方が基本になってきています。また、手順を統一することで誰がやっても同じようにできることを意識しています。人手不足でもあるので、洗浄を委託会社のスタッフに任せて、現在4人の職員で業務を回しています。榊原記念病院は、心臓外科だけで年間1,500~1,600件ほどの手術があるので、この手術件数からするとありえないほど少ないですが、工程を機械にやらせることで、効率よく運用しています。

榊原記念病院

-これまでの取材で、再生処理の重要性を病院内に伝えていくことの意義について繰り返しうかがってきました。榊原記念病院では、医師や看護師の方々に再生処理について理解してもらうために実施していることはありますか?

中央材料室で滅菌物がどのようにつくられているのかがわかる資料を作成し、病院内で共有しているんです。滅菌の品質保証にはどのくらい時間がかかるのか、資料内で明確にしているので、いくら急ぎのオペがあったとしても、どうか理解してくださいと。現在はだいぶ病院内で情報が共有され、ルールが浸透してきたことで意識は変わってきていると思います。なにより、滅菌のできてない器材の使用は医療倫理に関わるので。

榊原記念病院

榊原記念病院 小林誠さん

ただ、他の病院の話を聞くと管理者が数年で移動になるらしく、たとえ現場が滅菌の重要性を訴え続けたとしても、またリセットされて最初からやり直しになってしまう。人が変われば、教育や滅菌物をつくるやり方などが変わることがある。

僕はこれまで中央材料室の仕事一本だったので、滅菌物をつくることを一貫してやってこられた。自分自身のことを滅菌職人だと思っていますが、それだけ滅菌は理解するのに時間が必要で、長く、深くやっていかないとわからないことがたくさんあるんです。再生処理に対する認識を変えていくには、「品質マネジメントシステム(QMS)」にあるように、滅菌物の製造責任の所在が必要で、院内の組織的な変化と承認が必要だと思います。

榊原記念病院 小林誠さん

滅菌物の質を病院が保証するための国際規格

-小林さんは現在、本病院の中央材料室を対象とする国際規格の取得に取り組まれています。どのような経緯で目指すようになったのかをお聞かせいただけますか?

僕たちは、患者さんの身体の中に入るものを管理するわけじゃないですか?それなのに、現在の日本には安全な医療を提供する上での滅菌保証の基準がない。諸外国のほとんどは、滅菌基準を国が法制/規格化しているんです。日本医療機器学会のガイドラインに法的強制力はなく、あくまで指針なので、現場のスタッフが率先して頑張らなくてはいけない現状があります。もしこのままの状況で滅菌物による感染が起きたとしたら、現場が責任を取らなくてはならない可能性もある。アメリカやヨーロッパでは、患者に使用する滅菌物の品質を保証する仕組みや制度があるのに、なぜ日本にはないのか、現場から疑問を投げかけはじめたということです。

榊原記念病院

僕らが取得を目指している「ISO13485」は、もともとは医療機器メーカーの製品に対する規格のため、本来中央材料室は対象にはならないんです。ただ、この規格のベースになっている考え方では、再生処理の品質を保証する、中央材料室を含めた病院の仕組みに対して国際規格を適用することができます。つまり、安全な医療の提供のために、病院は滅菌物という「製品」の質を保証する仕組みを運用する必要があり、滅菌物の製造責任を、病院の経営者が持つことになります。

榊原記念病院 小林誠さん

-国際規格取得のために、具体的にはどのようなことが必要になるのでしょうか?

再生処理は目に見えない結果を扱うので、一つひとつの作業工程の基準を定め、それらを確実にこなすための仕組みをつくる必要があります。具体的には、「この通り実施すれば問題ない」という明確な基準を定めたマニュアルと、再生処理の作業工程の中で、仮になにか問題が起きた場合にどのように解決するのか、一つひとつに対応したリスクマネジメントの手順書の作成を現在進めています。人手の少ない中、こういった資料をつくるのはなかなか大変なのですが、中央材料室に国際規格の適用が可能だという既成事実ができれば、他の施設にも波及していくんじゃないかと考えています。

榊原記念病院

とはいえ、きちんとした検証にはとても費用がかかるため、このやり方が全国津々浦々の病院でできるのかというと、やっぱり大学病院といった規模の大きな施設に限られてしまう現実はあると思います。問題は品質よりコスト面ですね。学会でこういった内容の話をしても、「うちの病院の上司はそんなことやってくれないです」とおっしゃる方が多い。滅菌の質に対する認識のずれがあるため、洗浄器一台のメンテナンス費用に対しても無理解だから、「どうしてそんなに高いんだ?」と事務や経営サイドから言われてしまうわけです。

榊原記念病院 小林誠さん

でも、車だって安全を確認するために車検に出すでしょう?それと同じことを病院だってやらなくてはならないし、洗浄器や滅菌器といった機械が問題なく作動しているのか、精度を検証するためのキャリブレーションにも気を配る必要がある。滅菌器に入れていれば十分だという考え方は、”なんちゃって滅菌”にすぎないんですよ。それはもう終わりにして、根拠を持った滅菌をしなくちゃいけないということです。

榊原記念病院

再生処理の仕事を次の世代につなげていくために

-予算の制約や組織的な課題など、さまざまな現場の状況がある中で、滅菌の質の向上のために小さな施設でもはじめられることは何でしょうか?

あたらしい設備や機械を揃えなくてもできることはあるはずなので、まずはガイドラインをしっかり読んで、最低目標となる基準の達成を目指してほしいですね。たとえば洗浄の場合、残留タンパク質が200μg以下というガイドラインの基準があるので、その数値を目指してみる。あとは、いろんな作業結果を検証して、自分たちの職場がどのような状態なのかを理解する。そのうえで対策を立て、基準に満たない部分を病院の経営者たちにアピールして、不足部分を補う。日常的にインジケータを使って変化を監視していくことが大事だと思います。

榊原記念病院 小林誠さん

-最後に、再生処理の現状を変えていくために、病院の経営者や医師、看護師の方々に伝えたいことをお聞かせください。

病院の院長や経営者が、滅菌物の品質に対する責任の認識を持つことができるようになるには、病院自体の組織/意識改革が必要です。医師や看護師の方々も、オペに間に合うように道具が揃っていればいいという考えではなく、滅菌物の品質に責任を持ち、洗浄と滅菌といった正しい再生処理の工程を経ているかどうか気にかけてもらいたい。

榊原記念病院 小林誠さん

僕はもうすぐ引退なので、次の世代が規格に基づいた正しい作業をしていくためにも、引き続き世界に通用する国際規格の取得を目指し、患者さんに最高の滅菌保証を提供したいと思います。それに、安全な医療の提供を保証するには、将来的には国の支援が不可欠なので、再生処理の品質が守られる制度の必要性を、国に対しても提言していきたいと考えています。