困っている人のために何かできた方が絶対にいい
-桑山さんが看護師の仕事を目指した経緯を教えてください。
もともと看護師はおもに女性が就く職業でしたが、2001年に「保健婦助産婦看護婦法」が「保健師助産師看護師法」に名称変更され、呼び名が看護師に統一されたことで、男性でも就くことができる仕事として広く一般に知られるようになりました。僕がこの職業を志したのも、高校生の頃にニュースやドラマなどを通して看護師として働く男性のことを知ったのがきっかけでした。
-看護師の仕事のどのようなところに惹かれたのでしょうか?
たとえば、道で誰かが倒れていたとしたら、その時になにかできた方が絶対にいいですよね?一般的に、身近な誰かが入院した体験をきっかけに看護師の仕事に興味を持つ方が多いと思いますが、困っている人に何かできるようになりたいと思ったことが、僕が看護師を目指した理由でした。
-再生処理の仕事にはいつから関わるようになったんですか?
もともと愛知県医療療育総合センター中央病院には病棟勤務の看護師として入職したのですが、キャリア10年目を迎えたタイミングで日本看護協会が認定する感染管理の資格を取得し、中材のマネジメントを担当するようになりました。入職した当時は滅菌保証の「め」の字もわかってない看護師でしたが、病棟勤務から手術室へと異動してから高度な感染制御を求められるようになり、徐々に興味を持つようになったんです。
その後ふたたび病棟勤務に戻ったのですが、医師の診療の介助といった直接的なケアを担当する際に、滅菌物の扱いに対する手術室との熱量の違いを痛感しました。感染管理についての知識や実践度の差は個人では埋められないので、きちんとした認定資格を取得し、病院全体の感染管理に関われるようになれば、水準を向上させることができるのではないかと考え、この分野にのめり込んでいきました。
この仕事は大変ではありますが、同時におもしろさも感じているんです。特に僕の場合、中材でリリースした滅菌物の使用状況や保管状況を自分で実際に確認できるので、得なポジションだなと思います。なにより滅菌保証は、結果がはっきりしているのがいいですよね。ダメなものはダメで、取り組んだことに対する評価がすぐにわかる、その明確さがいいなと思います。原因を科学的に究明した上で業務改善をしていけば、具体的な結果として品質がよくなるのがおもしろいなと。
D判定よりも、何もしないまま感染が起こる方が恥ずかしい
-中材のマネジメントを担当されるようになった当時はどのような状況でしたか?
前任の認定看護師の方がとても優秀だったので、業務のシステムはしっかりしていたのですが、その方が離れた途端に仕組みが機能しなくなってしまい、専門家が一時不在の状態が続いていました。その後に担当された看護師の方も、ご自身で滅菌技師の資格を取得され、熱心に取り組まれていたのですが、施設の建て替えによって予算が下げられてしまい、中材業務の経験がない人材派遣会社に委託しなければならなくなったことで、いよいよ課題が出てきてしまったんです。
僕らのような200床程度の小規模病院の場合、中材業務を完全委託することは難しく、中材経験のないスタッフの業務を監督するために、マネジメントができるスタッフを常時配置できるような体制の整備が急務でした。
-桑山さんは、中部地区中材業務研究会にて、「医療現場における滅菌保証のための施設評価ツール」を使用した判定結果について発表されていました。本インタビューシリーズのvol.3では、施設評価ツールの制作背景についても伺っています。どのような経緯でツールを使用されたのでしょうか?
ツールが出たのが、ちょうど2021年に発表された「医療現場における滅菌保証のガイドライン」を読み込んだ後のタイミングで、正直僕だけでは中材の質を担保できているのかがわからない部分があったので、一度ツールを活用して課題を抽出してみようと思ったんです。結果最低ランクのD判定だったのですが、ツールを使ったことで、前任者が決めた仕組みが十分ではなかったことに気づくことができましたし、システムに則ってさえいればいいという認識で済ませてしまっていたことがわかりました。
-D判定となった事実を公表するのはなかなか勇気がいることだったと思います。
自分の施設だけじゃなく、実際に困っている病院やクリニックがたくさんあると思ったので、D判定でも恥ずかしくないということを示したかったんです。悪い判定が出たことよりも、そのまま何もしなかったせいで感染が起きてしまうことの方が恥ずかしいので。
医療のベースラインとして再生処理に取り組むためのコミュニケーション
-その後の改善点について教えてください。
以前ウォッシャーのプロペラが不具合で回らなくなってしまったことがあったのですが、複数メーカーのインジケータを検証したところ、エラー検知力の低いインジケータを使用していたことがわかり、違うメーカーに変更しました。また、それまでは1日のはじめにインジケータを洗浄機内の1段だけに設置していたんですが、全段設置に変更しました。本当は毎回設置するのが理想ですが、予算的に実施が厳しいのが悔しいところです。
-評価ツールの項目には、中材の質の改善に不可欠な病院内のコミュニケーションについての内容もあります。判定を通して明らかになった課題はありましたか?
評価してみたことで、中材と滅菌物使用部門の間にある縦割り構造や、さらに言えば隣で働いている看護師との間にも壁があることが明らかになりました。なので、滅菌物使用部門との連携を強化するために、リンクナースを各部署に配置することで、コミュニケーションしやすい仕組みづくりを進めました。
これまで事務部門といった他の部署と、十分なコミュニケーションが取れていなかったんです。もちろん中材以外のスタッフも、医療の安全を守る再生処理の重要性についてなんとなく意識していたとは思うのですが、他の病院の中材の状況や、一般的にどのぐらいの水準が求められているか伝えられていなかったので、なにかを購入するための承認申請した際にも、「それって本当に必要なの?」と言われてしまう場面もありました。ツールを使ったことで、中材に関わるスタッフだけではなく、手術室や看護部、事務部門に今回の判定結果を伝えることができたのはよかったと思います。小規模の病院だとしても、中材としてやらなくてはいけないことは確実にあるので。
現場ではさまざまなベクトルの問題意識がありますし、こういった領域に関心を持てない方との認識の差が生まれてしまうことはあります。ですが、滅菌物を綺麗に取り扱うことは医療のベースラインなので、みんなが意識を持てるような取り組みをしていく必要があると思います。
中材専門のコーディネーターの必要性
-一連の改善を経て、今後さらに中材の質向上のために導入したいものはありますか?
ここのところ腹腔鏡を使った手術が増えているのですが、ウォッシャーだけの洗浄だと汚染が残ってしまう事例があるのを学会誌で読んだので、できれば洗浄力の高い噴射吸引機能付きの超音波洗浄槽を導入したいところです。ただ、機器が高額であることに加え、電源、給水圧、排水条件といった設備側の課題が多く、なかなか難しい実状があります。
-設備設計の段階で中材の要件が検討されていないということでしょうか?
そうですね。現状のガイドラインでは中材の設備基準は参考資料程度になってしまっているので、どこの病院もそうだと思います。全体の機材の流れや導線管理、病床数に対してどれだけの敷地面積が必要になるかなど、明確に病院建築の基準として中材に必要な設備が要求されるようになるには、この分野の専門家にコーディネーターとして計画の段階から参入いただく必要があります。
僕らの病院の場合、2019年3月に施設の建て替えがあったのですが、以前の中材が1ゾーンだったので、移転計画では洗浄エリアと組立・既滅菌エリアを分けた2ゾーンが構想されていました。ですが、設備側の事情でクリアできない条件があり、結果的に1ゾーンになってしまっています。もちろん、移転後にウォッシャーが3台になったことで処理能力はかなり上がりましたし、以前のレイアウトよりも動線や作業環境を管理する上での工夫はできるようにはなりましたが、移転という最大のチャンスをものにすることができませんでした。
本来3ゾーンが理想的なのですが、そのためにはそれなりの予算と敷地面積が必要になるので、現状では難しいと考えます。そのため、新築改築する施設毎の実情に合わせたアドバイスをしていただけるコーディネーターの方々にさらに広くご活躍いただくことや、中材施設基準に対して外圧をかけてくれるような第三者機関の働きかけが必要だと思います。海外の場合、施設基準を有する国がありますが、日本にはそのような規制はありません。施設内で解決できない問題も多いため、より多くの新築・改築を予定されている病院・クリニックが、外部からさまざまな手助けが得られる状況になるといいですよね。
現場のマネージャーの役割は検証し続けること
―これからどのような改善に取り組んでいく予定ですか?
現在、中材からリリースされた滅菌物が、各現場で適切に保管運用されているのかを追跡できていないので、その辺りのマネジメントが課題ですね。ガイドラインには滅菌物の保管場所として適切な温度・湿度といった要件は記されていますが、どうしても業務ファーストになってしまう場面があったり、病棟の保管スペースが十分に確保されていなかったりなど、ハード面とソフトの面での両方の課題あります。滅菌物使用部門で滅菌破綻が起こっていたとしたら、それは中材の仕事としても不十分なので、同じ熱量で感染管理に取り組めるように、周囲に働きかけながら他の部門を巻き込んでいきたいと思います。
-最後に、愛知県医療療育総合センター中央病院と同じ規模の中材で質の向上のために取り組んでいる方へのメッセージをお聞かせください。
病院によって状況はまちまちなので、施設内に再生処理の専門家が不在だったり、同じ課題意識を持つ方が周囲にいなかったりする場合もあると思います。中材の改善に取り組んでいる現場の看護師は、すでに頑張っている方ばかりだと思うので、評価ツールを使うことで、他の部署を巻き込みながら改善のための指針を立てることができるはずです。
僕らの施設も、ようやく再生処理の基礎が整う段階まで来ることができました。現在常勤で働いてくれている委託スタッフは、もともと中材の受託経験のない人材派遣会社の方々でしたが、みなさん研鑽していただいていますし、会社からのバックアップもあり、滅菌技士(師)の資格を取得された方もいます。これからもマネジメントを通して中材の質を高めていくと同時に、現場のマネージャーの役割として、作業者による質の違いを減らしていくために、今後もいち早く異常を検知できる適切なツールの検証を続けていきたいと思います。
※ご所属・肩書・役職等は全て掲載当時のものです。