JOURNAL

再生処理の現場

再生処理の現場 vol.5 菅整形外科病院 中田明彦さん 『地域の情報格差をなくし、再生処理の「サロン」となる場をつくる』

菅整形外科病院 中田明彦さん

再生処理の現場に立つ、さまざまな方の声を届ける「再生処理の現場」。vol.5の今回は、長崎の菅整形外科病院で再生処理に携わる、中田明彦さんにお話を伺いました。中田さんは、同病院の中央材料室にて再生処理業務に携わりながら、「長崎中材業務研究会」の会長として、再生処理に関する情報発信やセミナーを開催されています。本記事では、地域ならではの再生処理の現状への課題意識や、中田さんが研究会の活動を通して実施している、施設規模の違いによる情報格差をなくすための取り組みについてお話しいただきました。

菅整形外科病院 中田明彦さん

小さな病院で取り組む、再生処理の質の向上

-中田さんが医療業界に進まれた経緯をお聞かせください。

私の兄も医療業界の仕事をしているのですが、兄の勤め先である病院の院長の弟さんが、開業に向けて人手を探していた際に、兄が私のことを紹介してくれたんです。私はもともと医療業界を目指していたわけではなかったのですが、ちょうど高校卒業を控えた就職活動の時期だったので、面接にうかがい、採用していただいたことがこの業界に入ったきっかけです。

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-再生処理の仕事をはじめたのはいつからでしたか?

大きな病院では、看護師は看護の仕事に専念できる体制を整えている場合が多いですが、うちのような小さな病院では、再生処理の仕事を看護師が兼任している場合が多いです。私が仕事をはじめた頃は、外来と手術室の仕事を兼任しており、手術を終えてから医療機器の再生処理を自分で行っていました。

その後、10年ほど経験を積んでからは、引き続き手術室での仕事を担当しながら、専任として再生処理の仕事をすることになり、現在にいたっています。

菅整形外科病院

菅整形外科病院 中田明彦さん

-当時、再生処理の仕事はどのように実施されていたのでしょうか?

その頃はまだ、先生から言われるがまま仕事をしていたような状態でした。必要な機材がすべて揃っているわけではなく、ジェットウォッシャーを使用することもありましたが、基本的には手洗いが多く、作業の質に個人差がありました。長時間の手術のあとでは、看護師の針刺し事故が起こってしまうこともあり、病院としても専門的な体制を整えなくてはいけないと課題意識を持っていたと思います。

菅整形外科病院

-そういった現状に、中田さん自身が真剣に向き合うようになったきっかけはありますか?

この仕事をはじめてから、再生処理関連の機器を取り扱う代理店の方にセミナーが開催されていることを教えていただき、参加することにしたんです。そこではじめて普段自分がやっている業務が十分ではないことを知り、小さい病院ながら、きちんと再生処理の質を上げていかないといけないと考えるようになりました。

菅整形外科病院 中田明彦さん

また、ここは整形外科に特化した病院ですので、人工関節や脊椎の固定手術の際に、急を要する場合は他の病院から機器を持ち込むことがあります。ある時、院外から持ち込んだ機器の洗浄と滅菌を行っていた際に血液が残っていたことがあり、「もしこれが手術場に出ていたら…」と思い、ぞっとしたことがありました。その時は、自分たちに洗浄滅菌の知識があったからこそ事故を防ぐことができたので、他の医療施設の方々にも同じような意識を持っていただきたいと思ったことが、より真剣に再生処理のことを学びはじめたきっかけでもあります。

菅整形外科病院 中田明彦さん

再生処理業務の中央化と設備改善のための活動

-中田さんが専任になられてから、再生処理の質の向上のためにどのようなことに取り組まれていったのでしょうか?

まず、私が専任になったタイミングで、再生処理の業務の中央化を行いました。具体的には、外来の看護師が兼任していた洗浄・滅菌の業務をすべて中央材料室(以下、中材)に集約したんです。病院全体の再生処理業務を一挙に担当することで、外来や病棟のスタッフが自分の仕事に専念できるようになったので、この変化は大きかったと思います。

ほかにも、セミナーに参加するたびに、そこで学んだことをきちんと出張報告書に記載し、なぜ機材の導入や設備環境を整える必要があるのか、病院の先生方に納得いただけるように説明していきました。当時の中材は古い機種の設備が多かったため、時期的にちょうど機材が故障しはじめるタイミングでもあったんです。その度に、もっとも性能の高い乾燥機や超音波洗浄機の機種を調べて、先生に導入の検討をいただく説得をはじめました。同時に、病院の現状についてきちんと理解いただくためにも、既存の環境での洗浄評価や滅菌評価を実施しました。

菅整形外科病院 中田明彦さん

-現在は、何名の方が中材業務を担当していますか?

看護師が5名と滅菌技士が1名、あとは人工透析や人工心肺などの機材を専門に扱う臨床工学技士が1名働いています。滅菌技士の方はもともとここの看護助手をしていていたのですが、再生処理の質を向上するために、勉強して2種の資格を取得されました。現在は中材の専任として仕事をしています。

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-再生処理の業務に取り組む上で、スタッフの方の意識を高めるためにお伝えしていることはありますか?

再生処理は、目には見えない汚れと向き合わなくてはならない仕事なので、洗浄・滅菌できているものとそうではないものを判断するには、評価についての知識が必要です。自信を持ってその判断ができるように、まずはいろんな勉強会に参加して知識を身につけてもらい、なるべく滅菌技士の資格取得にもチャレンジしてもらうようにスタッフにお話をするようにしています。

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地域の情報格差をなくす「サロン」のような場として

-中田さんは現在、長崎中材業務研究会の会長を務められています。研究会が立ち上がった背景を教えてください。

長崎中材業務研究会は、2009年に藤原さん(現名誉会長)の声掛けで有志を集い発足しました。私は発足当初から役員をしていましたが、まさか会長として関わるようになるとは思っていなかったですね。

菅整形外科病院 中田明彦さん

長崎の小規模なクリニックや歯科医院などでは、大きな病院と比べると、再生処理の設備はもちろん、働いている方の知識や情報に格差がある状況でした。研究会発足の背景には、再生処理に関する情報発信をはじめ、現場の方々の悩みの解決や、環境を改善していく方法について考えるための場を提供したいという先代の想いがあったんです。

現在は、同じような志を持つ方々が集まり、より多くの方に再生処理について知っていただく機会が増えたことで、徐々に変化が生まれてきています。研究会では、みなさんのお悩みや問題点について情報交換をしながら話し合うことができていますし、再生処理に関わる方にとっての「サロン」のような場として活用していただければと思っています。

菅整形外科病院 中田明彦さん

ー研究会への参加のお声がけはどのようにしているのでしょうか?

研究会の発足当時から、規模の大小問わず各施設にお声がけしてはいたのですが、私の代になってからは、より長崎全体に広めていくために、再生処理の機材を取り扱うディーラーの方々にもご協力いただいています。私たちの活動にご賛同いただき、セミナーの案内を各施設に配布いただいていることで、徐々に参加者が増えていきました。

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-セミナーに参加される方からはどのような反響が多いですか?

ご自身の病院の中材を改善しないといけないという意識をお持ちの方々は、とても主体的に参加していらっしゃいます。一方で、病院から参加するように言われていらっしゃる方ももちろんいるので、セミナー開催当初は、終了後に配るアンケートのご回答内容があまりよくなかったり、深く関心を持っていただけなかったりすることもありましたね。

菅整形外科病院 中田明彦さん

私が会長を務めるようになってからは、研究会の役員と相談しながら、みなさんが興味を持てるような取り組みを増やすことを意識しています。たとえば、参加者の方にご自身の施設で洗浄した医療器具を持参いただき、会場となる会議室にブルーシートを敷いて、その場で洗浄評価を実施する取り組みもはじめました。そこから徐々に熱を持って参加される方が増えていき、アンケートでもとても良い内容の回答をしてくださるようになりました。

ただ、そうやって器具を持って来られるのはまだ大きな病院にお勤めの方が多いです。できれば小さな病院の方にこそお持ちいただき、ご自身の施設の再生処理について考えるきっかけとして活用いただきたいと思っています。

菅整形外科病院 中田明彦さん

-セミナーに参加された方々が、実際に設備の導入ために施設と交渉する上で、悩まれている方は多いですか?

とても多いみたいですね。これまで再生処理に力を入れてこなかった施設の場合、あらためて洗浄と滅菌の評価の必要性をご理解いただくまでにはそれなりのハードルがあると思います。機材の購入費をはじめ、評価のためのランニングコストもかかるので、経営状況や施設の規模によっては、すぐに環境を変えることがむずかしいのも事実です。

ですが、セミナーにご参加いただいた方には、ここで学んだことをアウトプットし、できるだけ院内の方々に伝え続けてほしいとお話ししています。そうやって医療に携わるみなさんの考え方を変えていくことも、私たちの仕事だと考えています。

菅整形外科病院

改善のための声を上げ続けるために

-地方ならではの再生処理の現状など、都市部の施設との違いについて感じることはありますか?

長崎に関していえば、研究会の活動を通して徐々に情報格差はなくなってきているのを感じています。ですが、東京などの都会に比べると、地方の方がまだまだ課題ある状況だと思いますね。

しかしながら、患者さんの立場からすれば、中材についてご存じないとしても、医療器具の感染対策は実施されていてあたりまえのものだと感じられるはずです。そのあたりまえを各施設で実行できるようにすることが、これからの私たちの課題だと思います。

菅整形外科病院 中田明彦さん

-機材導入などの環境改善がむずかしい施設の場合、どのように取り組んでいけばいいと思いますか?

以前、メーカーの方が学会発表にて、委託業者が医療器具を回収し、外部の施設で洗浄および滅菌の保証を行うアイデアを提案されていました。それが実現すれば、小さな規模の施設が設備を導入する必要がなくなります。ただ、現在の日本の法律では、感染の可能性があるものを外部に持ち出すことができないため、すぐの導入は難しいのですが、海外では実施している国もあります。もし法改正が進めば、委託業者の事業も変わってくるのではないかと思います。

菅整形外科病院 中田明彦さん

-最後に、今後の活動にかける中田さんの想いをお聞かせください。

長崎中材業務研究会では、中材業務における質の向上と、日常での不安や疑問点の解決の場所を提供することを基本理念に掲げています。これからも再生処理技術に関する新しい情報や知識をいち早く伝え続け、地域の格差をなくすことや地域医療のレベルアップにつなげていきたいと思っています。

いかなる医療施設においても、患者さんが安心できる安全な医療を提供しなければなりません。適切な再生処理のための環境整備はすぐに実現できるものではありませんので、セミナーを通して参加いただいた方々が、改善のための声を上げ続けられるように、サロンのような場としての長崎中材業務研究会の活動を継続していきたいと思います。