サージカルスモークとは
サージカルスモークは、電気メスやレーザーなどのエネルギーデバイスが組織に作用する際に生じる煙・エアロゾルの総称です。組織を切開、凝固、蒸散する過程で微細な粒子や揮発性物質が空気中へ放出されるため、手術に伴う空気中曝露の一因となります。
ただし、発生する粒子の量や組成は、使用するエネルギーデバイス、対象となる組織、手技、出力条件などによって変わります。「サージカルスモーク」という一つの名称でまとめられていても、すべての術式や機器から同じ物質が同じ濃度で発生するわけではありません。
1gの組織へのレーザー照射=フィルターなしタバコ3本分の煙に相当
サージカルスモークの大量吸引は、頭痛・めまい・吐き気・呼吸障害といった、身体的不調を引き起こす可能性があります。わずか1gの組織へのレーザー照射で「フィルターなしタバコ3本分」の煙に相当すると言われています。
サージカルスモークが発生する主な医療機器
サージカルスモークは、主に次のような機器を使用した際に発生します。
- 電気メス
- レーザー手術装置
- 超音波凝固切開装置
- 高周波手術装置
- その他、組織に熱やエネルギーを加える装置
煙の量や粒子の性質は、使用する機器、出力設定、対象となる組織、処置時間などによって変わります。
発生量が少ないように見える処置であっても、対策が不要とは限りません。顔を術野に近づけて処置する場合や、エネルギーデバイスを長時間使用する場合には、手術室スタッフが煙に繰り返し曝露する可能性があります。
開腹手術と鏡視下手術では煙の広がり方が異なる
開腹手術では、術野で発生したサージカルスモークが手術室内へ直接広がる可能性があります。
一方、腹腔鏡手術やロボット支援手術などの鏡視下手術では、発生した煙が体腔内に蓄積します。蓄積した煙は内視鏡の視野を妨げるほか、トロッカーのバルブ操作、器械の出し入れ、脱気などに伴って手術室内へ放出されることがあります。
そのため、鏡視下手術では、視野を確保することに加え、体腔内の煙をどのようにろ過・排出するかも考える必要があります。
サージカルスモークに含まれるもの
サージカルスモークの大部分は水分ですが、それ以外にも微粒子、化学物質、細胞由来物質などが含まれる可能性があります。含まれる成分や濃度は、使用する機器や出力、組織の種類、処置時間、排煙の有無などによって変わります。
微粒子や化学物質を含む可能性がある
サージカルスモークには、目に見えないほど小さな粒子が含まれます。また、組織が熱分解される過程で、次のような化学物質が発生する可能性があります。
- ベンゼン
- トルエン
- ホルムアルデヒド
- シアン化水素
- 一酸化炭素
これらの物質が検出されたという事実だけで、すべての手術において直ちに健康被害が生じるとは判断できません。実際のリスクは、発生濃度や曝露時間、排煙状況などによって異なります。
細胞片やウイルス由来物質が検出されることもある
サージカルスモークからは、細胞由来物質、血液由来の断片、ウイルス由来物質などが検出された報告もあります。感染症患者の組織から発生する煙にはウイルスのDNAが含まれている危険性も指摘されており、無視できない課題となっています。
サージカルスモークが問題になる理由
手術室では患者と医療従事者の双方が曝露し得る
サージカルスモークは、発生部位の周囲だけにとどまるとは限りません。2026年に日本から報告された手術室内の定量評価では、電気手術器の使用時に、患者頭部付近や麻酔科医が位置する場所でも空中粒子の増加が測定されました。手術室内の複数地点で粒子曝露が生じ得ることが示されています。
この研究から確認できるのは、サージカルスモーク由来の粒子が術者周辺だけの問題ではなく、手術室で働く複数の医療従事者や患者周辺にも広がり得るという点です。一方で、この研究は感染性微生物や急性・慢性疾患の発症を評価したものではありません。粒子への曝露が確認されたことから、疾病リスクまで直接結び付けないことが重要です。
健康影響で分かっていることと分かっていないこと
サージカルスモークへの曝露については、眼や上気道への刺激、不快な臭い、頭痛などの症状との関連が報告されてきました。煙に含まれる粒子や化学物質についても、多くの研究があります。
その一方で、長期間の曝露が特定のがんや慢性疾患を直接引き起こすという因果関係については、ヒトを対象とした十分なデータがそろっているとは言えません。2024年のレビューでも、術式、測定方法、対象物質などが研究ごとに異なることや、長期的な健康アウトカムに関する研究が不足していることが課題として挙げられています。
したがって、対策の必要性を考える際には、「健康被害が完全に証明されるまで対策しない」という考え方にも、「必ず重大な疾病を引き起こす」という断定にも寄らないことが大切です。サージカルスモークの曝露を合理的に減らしていくという視点が求められます。
サージカルスモークに関する国内外のガイドライン
国内外の複数の機関や専門組織が、サージカルスモークへの対策を示しています。
日本手術医学会「手術医療の実践ガイドライン」
2026年3月31日付で、日本手術医学会より「手術医療の実践ガイドライン 改訂第四版」が発行されており、医療現場における排煙装置の配備が推奨されています。
NIOSHが示す局所排煙の考え方
米国立労働安全衛生研究所(NIOSH)は、手術室全体の換気と局所排気を組み合わせることを推奨しています。局所排気の方法として挙げられているのは、主に次の2つです。
- ポータブル型の専用排煙装置
- 適切なインラインフィルターを備えた室内吸引システム
一般換気は手術室の空気環境を保つために必要ですが、発生源から出た煙を直ちに捕集するものではありません。
また、壁配管などの室内吸引システムは、主に液体を吸引する目的で設計されており、専用排煙装置より吸引流量が低い場合があります。サージカルスモークの排煙に使用する場合は、適応、吸引能力、フィルター、接続方法などの確認が必要です。
OSHAが示す手術室での排煙対策
米国労働安全衛生局(OSHA)は、サージカルスモークへの対策として、次のような方法を示しています。
- 局所排煙装置または適切なフィルターを備えた吸引システムを使用する
- 吸引口を煙の発生源から約2インチ(約5cm)以内に置く
- 煙が発生している間は排煙装置を作動させる
- 煙の量にかかわらず排煙する
- 排煙装置を定期的に点検する
- チューブやフィルターを適切に交換・廃棄する
約5cmという距離は、OSHAやNIOSHが示す一般的な目安です。実際の使用時には、装置やアクセサリーの添付文書や取扱説明書を確認してください。
AORNが推奨するサージカルスモークの排煙
米国周術期看護師協会(AORN)も、サージカルスモークを発生源で除去することを推奨しています。米国では、2019年のコロラド州を皮切りとして、その後12以上の州で排煙装置の使用が法制化・義務化されました。
排煙装置とは
排煙装置(排煙機)は、術野で発生した煙を吸引し、フィルターを通して処理する装置です。一般的な排煙機は、次のような要素で構成されています。
- 吸引ポンプ
- フィルター
- 吸引チューブ
- ノズルなどの吸引口
- 電気メスに取り付ける排煙用アクセサリー
装置によっては、微粒子を捕集するフィルターに加え、臭気や一部のガス状物質を吸着するための材料を備えているものもあります。
電気メス一体型と独立型の違い
排煙装置には、電気メスの先端付近に吸引口を備えた一体型と、独立した吸引チューブを術野付近へ配置するタイプがあります。
一体型は、電気メスの先端と吸引口の距離を一定に保ちやすい点が特徴です。一方、ハンドピースの太さや重さ、チューブの引っ張り、吸引音などが操作性に影響する場合があります。
独立型は、さまざまな術式に対応しやすい一方で、煙の発生源に合わせて吸引口の位置を調整する必要があります。
排煙装置を選ぶ際の確認項目
排煙装置を選ぶ際は、フィルター性能だけでなく、実際の手術で継続して使用できるかという視点が重要です。
手術や処置に必要な吸引性能があるか
開腹手術、鏡視下手術、レーザー処置などでは、煙の発生状況や必要な吸引方法が異なります。対象となる手術や処置を整理し、必要な吸引流量、対応するアクセサリー、吸引レベルの調整範囲などを確認します。
フィルターの性能と交換条件が明確か
排煙装置のフィルターについては、次の項目を確認します。
- 捕集対象となる粒子径
- ろ過効率
- ガスや臭気への対応
- 交換時期
- 交換時期の表示方法
- 使用済みフィルターの取り扱い
- フィルターや消耗品の供給体制
術者が操作しやすいか
排煙装置が十分な性能を持っていても、術者が使いにくいと感じれば、使用が定着しない可能性があります。特に電気メス一体型では、ハンドピースの太さや重さ、握りやすさ、吸引口の位置、チューブの柔軟性などを確認します。可能であれば、実際の使用環境に近い条件で操作性を評価することが望まれます。
騒音が会話やアラームを妨げないか
吸引流量を上げると煙を捕集しやすくなる一方、装置によっては吸引音が大きくなります。騒音がスタッフ間の会話や医療機器のアラーム聴取を妨げると、排煙装置が使用されなくなる原因にもなります。必要な吸引性能を確保しながら、術式や発煙量に適した設定ができるかを確認します。
消耗品や保守管理を継続できるか
排煙装置の導入後には、フィルター、チューブ、電気メス用アクセサリーなどの費用が継続的に発生します。本体価格だけでなく、次の項目も含めて検討します。
- 手術1件あたりの消耗品費
- フィルターの交換頻度
- 消耗品の保管スペース
- 在庫管理の方法
- 装置の点検・修理体制
- スタッフ教育に必要な時間
排煙装置を効果的に使用するポイント
排煙装置は、手術室に設置するだけで十分な効果が得られるわけではありません。吸引口の位置や作動のタイミング、フィルター管理なども重要です。
吸引口を発生源に近づける
OSHAやNIOSHは、吸引口をサージカルスモークの発生源から約5cm以内に保つことを示しています。ただし、実際の適切な位置は、術式、排煙装置、アクセサリーの形状によって異なります。術者の操作を妨げない範囲で、煙が室内へ広がる前に捕集できる位置へ調整します。
煙が発生している間は排煙装置を作動させる
目に見える煙が多いときだけ排煙装置を使用すると、少量の煙が長時間にわたって室内へ拡散する可能性があります。エネルギーデバイスと連動して吸引を開始する機能があれば、作動忘れの防止に役立ちます。手動で操作する場合は、誰が排煙機の電源や吸引レベルを管理するかを決めておくことが重要です。
フィルターとチューブを適切に交換する
フィルターを交換せずに使い続けると、吸引性能が低下したり、装置の警告が発生したりする可能性があります。交換頻度については自己判断せず、メーカーの指示に従います。チューブや吸引口などの消耗品についても、単回使用か再使用可能かを確認し、添付文書に沿って取り扱います。使用済みフィルターやチューブの廃棄方法は、血液・体液による汚染の有無、メーカーの指示、施設の廃棄物管理手順に基づいて決定します。
排煙装置を定期的に点検する
使用前には、次の項目を確認しましょう。
- 装置が正常に起動するか
- 必要な吸引力が確保されているか
- チューブが正しく接続されているか
- チューブの折れや閉塞がないか
- フィルターの交換表示が出ていないか
- 異常音や異臭がないか
保守点検の内容や頻度は、メーカーの指示と施設の医療機器管理手順に従います。
サージカルスモーク対策を手術室に定着させる方法
排煙装置を導入しても、使用する手術の判断がスタッフによって異なったり、操作性への不満から使われなくなったりすることがあります。対策を継続するには、装置の導入と同時に運用を整える必要があります。
排煙の対象となる手術・処置を明確にする
「煙が多いと感じたときに使用する」といった個人の感覚に依存するルールでは、使用状況にばらつきが生じやすくなります。使用するエネルギーデバイスや術式など、できるだけ客観的な条件で対象を定めると、スタッフ間で判断を統一しやすくなります。
多職種で院内ルールを作成する
サージカルスモーク対策には、術者、看護師、麻酔科医、臨床工学技士、感染管理担当者、労働安全衛生担当者などが関係します。院内ルールには、次のような事項を定めます。
- 排煙の対象となる手術・処置
- 使用する排煙装置とアクセサリー
- 準備と作動確認を行う担当者
- 吸引口の配置方法
- フィルターやチューブの交換方法
- 使用後の清掃・廃棄方法
- 装置に異常があった場合の対応
実際に装置を使用するスタッフの意見を取り入れることが、継続しやすい運用につながります。
排煙装置の使用方法について教育する
教育では、サージカルスモークの有害性だけでなく、次のような実務的な内容を取り上げます。
- サージカルスモークが発生する仕組み
- 発生源で排煙する必要性
- 排煙装置の準備と操作方法
- 吸引口の適切な位置
- フィルターの交換方法
- 使用後の廃棄・清掃方法
- 装置に異常があった場合の対応
新しい排煙装置を導入したときだけでなく、新入職者や異動者への教育も必要です。
導入後の使用率と課題を確認する
排煙装置の配備台数だけでなく、対象となる手術で実際に使用されているかを確認します。使用率が低い場合は、次のような原因が考えられます。
- 排煙装置の台数が不足している
- 準備や接続に時間がかかる
- 吸引音が大きい
- ハンドピースが操作しにくい
- 消耗品の保管場所が分かりにくい
- 対象手術が明確になっていない
- スタッフへの教育が不足している
使用しなかったスタッフを責めるのではなく、使用を妨げている要因を確認し、機器の配置、消耗品の保管場所、院内手順、教育内容などを見直すことが重要です。
まとめ
サージカルスモークは、電気メスやレーザーなどによって組織を焼灼・凝固・切開した際に発生する煙です。水蒸気だけでなく、微粒子、化学物質、生物由来物質などを含む可能性があります。
サージカルスモークの大量吸引は、頭痛・めまい・吐き気・呼吸障害といった身体的不調を引き起こす可能性があります。手術室スタッフが煙に繰り返し曝露する状況は、できる限り減らすことが望まれます。
サージカルスモーク対策のポイントは次のとおりです。
- 排煙装置を用いて発生源の近くで煙を捕集する
- フィルター交換や装置点検を適切に行う
- 院内ルールと教育によって運用を標準化する
- 導入後も排煙装置の使用率と課題を確認する
排煙装置は、手術室に設置するだけでは十分ではありません。対象手術、吸引口の位置、作動方法、消耗品管理などを明確にし、実際に使い続けられる運用を整えることが大切です。
参考出典
- Limchantra IV, Fong Y, Melstrom KA. Surgical Smoke Exposure in Operating Room Personnel: A Review. JAMA Surg. 2019;154(10):960-967.
- Benaim EH, Jaspers I. Surgical smoke and its components, effects, and mitigation: a contemporary review. Toxicol Sci. 2024;198(2):157-168.
- Matsuyama S, Asai T, Saito T, et al. Surgical smoke exposure to patients and to healthcare workers in the operating room: a quantitative assessment. J Anesth. 2026.
- NIOSH「Surgical Smoke Inhalation: Dangerous Consequencesfor the Surgical Team」
- NIOSH「Control of Smoke from Laser/Electrical Surgical Procedures」
- OSHA「Hospitals – Surgical Suite – Smoke Plume」
- OSHA「Laser/Electrosurgery Plume」
- AORN「Surgical Smoke-Free OR」
関連製品|バッファローフィルター

電気メスやレーザーで発生するサージカルスモークを吸引する排煙器です。サージカルスモークは手術の妨げとなるだけでなく、煙に含まれる細菌によって医療従事者が感染する可能性があります。ULPAフィルタによりサージカルスモークを無臭・無害化する排煙器がこれからの医療現場に求められています。
販売名:Buffalo Filter チューブ
区分:一般医療機器
届出番号:13B1X10241001036
製品ページ:https://meilleur.co.jp/product/surgical-smoke-evacuator/