「だったら自分でちゃんと勉強するしかない」
-村上さんが医療の世界を志した経緯をお聞かせください。
隠岐島では、高校を出て何か専門的なことを学びたい場合、どうしても島を出る必要があるんですね。自分は長男なので、いずれは隠岐に戻ってくるつもりだったんですが、一度島を出て何か手に職をつけようと、当時は臨床検査技師になろうと考えていました。もともと自分は小さい頃病弱で、入院の経験もあったので、将来は病院に勤めたいと思っていたんです。
ところが、臨床検査技師の仕事は機械化が進んでいるという話を聞き、学費の問題もあったので、どうしようかと考えていたところ、高校を卒業する間際に父の知り合いから看護師の仕事を紹介いただいたんですね。当時は看護師という呼称は一般的ではなく、女性だけではなく男性も就くことができる仕事だというのはその時にはじめて知りました。高校を卒業する際、周りの友人に「看護師になって島に戻ってくる」と言っても誰にも通じなかった時代でしたね。
紹介いただいた方の勤め先の病院では、働きながら資格を取得するための学校に通うことができたので、親に経済的な負担をかけないためにも、上京して進学することに決めました。練馬の病院に勤めながら渋谷と千歳烏山の学校に通い、2年間で准看護師、その3年後に看護師の資格を取得することができました。
-再生処理の仕事にはじめて携わったのはいつでしたか?
東京の病院で3年ほど経験を積んだのちに、そろそろいい頃合いだろうと、 Uターンして隠岐病院に入職することにしました。再生処理の仕事に携わるようになったのは、手術室に異動になってからが最初でしたね。再生処理については学校に通っていた頃の実習を通じて知ってはいたんですが、実務経験のないまま配属になってしまったので、いろいろと本を買って当時の知識と照らし合わせながら仕事をしていました。
半年ほどが経ったタイミングで、その頃に手術室の慣例としておこなわれていた消毒方法などが、テキストで学んだ内容と異なっていたことに疑問を持ったんです。自分の性格上、気になったことにはつい口を出さずにはいられないので(笑)、理由について何度も質問していたのですが、当時はまだ知識も経験もなかったので、上司に取り合ってもらえませんでした。その経験があって以来、「だったら自分でちゃんと勉強するしかない」と強く思うようになり、現在にいたるまで再生処理の世界にのめり込むようになりました。
その後、病院に届いていた案内状で洗浄・滅菌に関する研修会が聖路加国際病院で開催されていることを知り、何回か東京に行って参加することにしたんです。そこで講演されていた先生方のお話を聞き、再生処理に携わられている全国の看護師の方々とお話しするなかで、再生処理の世界ってこんなにも奥が深いんだと感銘を受けたんですね。
ちょうどその日、鳥取大学病院の材料部の師長さんが参加されていて、質疑応答の際に自分が「島根県の隠岐病院から来ました」と話していたので、山陰で実施されていた「山陰滅菌消毒法研究会(現:山陰インフェクションコントロールセミナー)」にもお誘いいただきました。当時すでに歴史のある研究会だったんですが、隠岐島の看護師が参加したのは自分がはじめてでした。現在も年に2回開催されており、10年ほど前からは事務局員として運営にも携わっています。
慣習を変えていくためのエビデンスの必要性
ー研究会に参加される中で、当時の隠岐病院における再生処理の質の向上のために、どのような取り組みを実施されましたか?
自分で積極的に勉強をするようになってから、当時の中央材料室において、バリデーションの概念がまったく浸透していないことに気がついたんです。再生処理の基本の手順自体は実施されていたんですが、それぞれの質を裏付けるものが不十分でしたし、洗浄から滅菌までの工程を通すだけで問題ないと考えられていました。
-そこからどのように改善に取り組まれたのでしょうか?
設備の変更はすぐにできるものではないので、バリデーションを通して裏付けをとりながら、現在の設備をより有効に活用するための手順の変更方法を模索していきました。それに、まずはなぜバリデーションが必要なのかを病院内でわかってもらわないといけなかったので、バリデーションで得られた結果を共有し、なにが不十分なのか、そしてどのようにその結果を活かしていけばいいのかを話し合うようにしていきました。
本来医療の世界ではエビデンスが求められますし、エビデンスに基づかない処置によって万が一のことがあった場合には病院の責任になります。なので、病院内でバリデーションの必要性を感じてもらうためには、再生処理におけるエビデンスを示すことが重要なのではないかと思います。ずっと続けられてきた慣習を変えることはなかなか難しいのですが、自信を持って洗浄・滅菌できていると言える確実な方法をこちらから提案することで、徐々に変えていくことができていると思います。
-現在この中央材料室はゾーニングされていますが、環境整備にはどのように取り組まれたのでしょうか。
平成24年に病院の建て替えがあったため、その際にある程度こちらの希望を伝えた上で設備を導入することができました。実は当時、自分は手術室から病棟に異動していたのですが、中央材料室の看護師と情報交換をしながら、移転にあたってどういったものが必要なのか、建て替え後の設備計画を担当する部署に伝えていたんです。ほかにも、他の病院の中央材料室へ視察に行く際にも同行し、世の中の中央材料室の現状を共有するお話しをするようにしていました。
移転後の中央材料室では、不潔エリアと清潔エリアをきちんと分けることができたのはよかったと思います。清潔エリアにパスボックスを設けたことでワンウェイ化が実現し、滅菌破綻を起こすことなく外来や病棟の看護師が既滅菌物を受け取ることができるようになりました。
とはいえ、建て替えにあたってはどうしても他部署とのスペースの取り合いにならざるをえず、まだまだ理想的な環境とは言えないと思います。できれば院内の器材の洗浄・滅菌をすべて中央材料室で一元化したかったのですが、スペースの関係でそれはかなわず、内視鏡の洗浄は内視鏡室内の洗浄器を使用しています。
情報過疎、人員不足、悪天候時の欠航……離島ならではの課題
-隠岐島という立地ならではの再生処理の課題として感じていることはありますか?
これは離島ならではだと思うのですが、どうしても情報過疎になりやすい状況はありますね。他の病院と意見交換ができる機会はないですし、一般的な再生処理の現状を肌で感じることができないため、なかなか必要性が伝わりにくいというのはあると思います。
できれば他の看護師の方々にも滅菌技師の資格を取得してもらいたいですし、学会にも足を運んでもらいたいのですが、やはり一度島から出なくてはならないため、どうしても時間的かつ経済的な制約が大きいです。誰かが丸一日かけて研修に参加するとなると二泊三日になってしまい、マンパワー不足の問題もあるため、なかなか気軽に研修に参加してもらうこともできません。
また、隠岐島は高齢の方が多いので、骨折といった整形外科の手術の割合が高く、その際に取り寄せるローンインスツルメントが大きなネックになってしまう場合があります。通常はフェリーで荷物が届くのですが、天候が荒れた時には止まってしまいますし、予定通りに届かないことが往々にしてあるんです。急ぎの時は卸問屋さんが飛行機の貨物として乗せてくれる場合もありますが、風の強い日には欠航になりますし、冬の日本海は荒れるので、場合によっては2、3日止まってしまうこともあります。ちゃんと飛行機が飛んだのか、中央材料室の窓から空を眺めて不安になる時もありますし、フェリーが出航したかをスマホで度々確認する時もあります。
そのため、整形外科の先生には、常々余裕を持った手術予定を組んでくださいとお願いしているんですが、患者さんの負担を軽減するために、どうしても急なスケジュールを組む場合もあるんですね。午後の手術に必要なローン インスツルメントの搬入が当日の午前中になってしまうこともあり、11時半に港に着いた荷物をトラックで病院まで急いで運び、安全に使用できるようにできるだけ短時間かつ確実に再生処理をせざるを得ないこともありますね。
こういった条件はあるとしても、医療の完結率を上げることを理念として掲げているため、都心の病院と目指すところは一緒だと思います。離島の小さな病院だからといって求められることは変わりませんし、もし他の病院で再生処理に取り組んでいる方が隠岐病院で働くことに興味を持っていただいたとしたら、そちらで培った技術をこの病院でも発揮してもらえるとうれしいですね。
感染管理とは見える化の作業の連続
-最後に、村上さんが今後取り組んでいきたいことについてお聞かせください。
2023年に病院機能評価のバージョン3が発表され、第3領域において洗浄・滅菌の質が担保されていることが評価項目として設けられることになりました。これにより、今後病院の評価に再生処理の質が大きく関わるようになっていくのではないかと思います。現在隠岐病院は病院機能評価を受審していませんが、バージョン3への改訂が後ろ盾となり、なぜ中央材料室が必要なのかをはっきり言えるようになったため、病院の質を向上するための一つの指標として掲げられるようになっていくのではないかと考えています。
これまで活動を続けてきたことで、隠岐病院内で洗浄・滅菌について迷ったことがあった際には、とりあえず自分に聞いてもらえるようになってきました。勉強会をやってほしいと言われることもあるんですが、副看護師長や他の部署の日常業務が忙しく、実施できていない状況にはもどかしさがあります。
先日認定看護師の講座でもお話しさせていただいたんですが、感染管理とは見える化の作業の連続だと思うんですね。洗浄・滅菌がきちんとできているかどうか、そして器材が安全かどうかは目に見えないことなので、ツールを取捨選択しながら、いかに見える化して安全性を示すことができるかどうかが我々の仕事だと思います。見える化ができていれば再生処理の必要性についての共通認識をつくることができるので、引き続きバリデーションの質を上げることに力を入れていきたいです。
※ご所属・肩書・役職等は全て掲載当時のものです。