JOURNAL

再生処理の現場

再生処理の現場 vol.2 有限会社ハグクリエイション 柏井伸子さん 『歯科先進国スウェーデンで学んだ、再生処理の「Why」を考える姿勢』

有限会社ハグクリエイション 柏井伸子さん

再生処理の現場に立つ、さまざまな方の声を届ける「再生処理の現場」。vol.2の今回は、有限会社ハグクリエイションの代表を務める柏井伸子さんにお話を伺いました。柏井さんは、歯科衛生士としてキャリアのスタートから、スウェーデンのインプラントメーカーやウォッシャーディスインフェクターの輸入販売を行う企業での経験を通じて、歯科業界における再生処理の普及に貢献されてきました。本記事では、柏井さんのこれまでの歩みや、スウェーデンと比較した日本の歯科医院における再生処理の課題についてお話いただきました。

有限会社ハグクリエイション 柏井伸子さん

現場の違いを実感したスウェーデンでの経験

─柏井さんが歯科業界を目指したきっかけはなんでしたか?

高校生の頃に歯列矯正のために通っていた歯科医院で、歯科衛生士さんに歯磨きの仕方などを指導していただいたのがきっかけでした。「こういうお仕事があるんだな」と、卒業後の進路として歯科衛生士を考えるようになり、専門学校に通って資格を取得してから、街の歯科医院で働きはじめました。

有限会社ハグクリエイション 柏井伸子さん

─再生処理との出会いについて教えてください。

歯科衛生士として3軒の歯科医院を経験したのですが、3軒目で歯科用インプラント治療と出会ったことが、再生処理に触れた最初の機会です。当時はインプラントが日本に導入されはじめていた頃で、もともと医科の技術だったことから、手術は大学病院や大きな公立病院で実施されていました。インプラント処置に必要な感染管理はオペ場の看護師が担当していたんですが、インプラントを長く維持するためにはその後のケアが重要になるので、歯科衛生士を対象とした感染管理のトレーニングが実施されるようになっていたんです。ちょうどエイズの流行が取り沙汰されていたので、歯科業界の中で感染管理の意識が高まっていたタイミングでもありました。

有限会社ハグクリエイション 柏井伸子さん

歯科衛生士として3軒目の歯科医院で10年間勤めたのちに、扱っていたスウェーデンのインプラントメーカーの日本法人へ転職しました。以前から歯科の先進国であるスウェーデンから発信される情報に触れていたので、とても関心があったんですね。そこでは営業アシスタントとして、インプラントを導入する施設に伺い、手術の立ち会いから洗浄・滅菌といった再生処理について説明する仕事をしていました。その後は日本全国でトレーニングを実施する研修の仕事を担当していたのですが、ふと患者さんと接する機会がなくなってしまった自分のキャリアを振り返り、進路を見直したんです。考えた末に会社を辞めることを決心し、溜まっていた有給休暇を消化中の2ヶ月間は、スウェーデンのイエテボリで生活しながら、現地のクリニックで臨床を経験していました。

有限会社ハグクリエイション 柏井伸子さん

─当時、スウェーデンと日本の再生処理の現場にはどのような違いがあったのでしょうか?

スウェーデンの現場は、いままで自分が日本の感染管理の現場で見てきたこととはあまりに違っていて、かなりの驚きがありました。当時の日本の歯科医院では見たこともなかった、機器を洗浄・消毒する「ウォッシャーディスインフェクター」が、スウェーデンでは必ず使用されていたんです。滅菌器の種類も日本よりも豊富で、現場の考え方は日本とはまったく異なるものでした。

─その頃の日本の歯科医院における洗浄・消毒の考え方はどのようなものでしたか?

基本的にはスタッフや歯科衛生士の方が手で洗浄していました。その後の滅菌のプロセスにおいては、ほとんどのクリニックで滅菌器が使用されていたのですが、どんな状態でも滅菌器に入れてスイッチさえ押せば、安全な状態で出てくると考えられており、洗浄の重要性については十分に認識されていなかったと思います。

有限会社ハグクリエイション 柏井伸子さん

滅菌保証は患者さんへの責任

─臨床を経験された後はどのような道に進まれたのでしょうか?

スウェーデンの現場を経験してからは、ウォッシャーディスインフェクターの輸入販売を行うメーカーにてマーケティングの仕事をはじめたんですが、なかなか日本の歯科関係者に洗浄の重要性を理解していただくのに苦労しましたね。「食器洗い機と同じでしょう?」という認識の方もいらっしゃいましたし、それまでは手で洗うことが当たり前だったので、滅菌すれば十分という考えがとても根強かったです。

もともとウォッシャーディスインフェクターがつくられた理由は、スタッフの針刺し事故をなくすためでした。ウォッシャーディスインフェクターなら、機器を入れるだけで洗浄と熱水消毒が完了しますし、スタッフの方の手洗い中の怪我を防ぐことができます。

有限会社ハグクリエイション 柏井伸子さん

─検証についての当時の認識はいかがでしたか?

検証についても、当時から変わらずスウェーデンと日本では大きく認識が異なりますね。海外では、滅菌器を回すたびにバリデーションの記録を保管する制度がありますが、日本にはまだそういったものがないのが現状です。

再生処理には科学的な検証が必要で、洗浄器と滅菌器の温度や時間、圧力といったパラメーターの確認や、インジケータを使用したバリデーションを実施しなくてはいけません。日々使用している医療材料が同じものであったとしても、使い方が変わると結果が違うかもしれませんし、洗浄器や滅菌器といった器械が、明日も同じように稼働できるという保証はありません。私たちがやっている医療は科学的でなければならないので、今日やっていることが明日も問題ないのかということを常に検証することも、治療と同じように、患者さんに対して果たさなくてはならない責任だと思います。

器械ができることは器械に任せる

─中央材料室といった医科における再生処理の現場と、歯科医院の現場とはどのような違いがあるのでしょうか?

歯科の場合は、歯科医院のスタッフが器材の洗浄・滅菌を担当するのが大きな特徴だと思います。歯科の2大疾患であるう蝕(虫歯)と歯周病はどちらも感染症であり、神経治療は無菌処置でなければならないので、使用する器材は必ず滅菌されていないといけません。そういった治療の際の口腔内の感染管理と、器材の洗浄・滅菌という口腔外の感染管理の両面が必要になるんです。

─治療と再生処理のどちらも担当するからこその大変さがあるように感じます。

そうですね。なので、先ほどお話ししたようなウォッシャーディスインフェクターが導入できれば、スタッフの労働力やエネルギーに余裕が生まれますので、その分患者さんの指導やケアに時間を使うことができます。器械ができることは器械に任せればいいし、人は人がやるべきことをやる。私が経験してきたスウェーデンの現場は、そんな合理的な考え方でした。

日本ではまだ、再生処理の各プロセスの必要性を適切に理解しないまま、毎日の流れ作業の中でやってしまっている方もいらっしゃるのが実状だと思います。それは現場の方への教育の機会が少ないということでもあると思いますので、私が2011年に設立したハグクリエイションでは、日本全国の歯科医院のスタッフ教育を実施するほか、歯科医師や歯科衛生士、歯科助手の方々のための研修ツアーを企画し、私を育ててくださったスウェーデンの施設で再生処理とインプラント治療の現場をご覧いただく機会を提供しています。

再生処理の「Why」を考えてほしい

─お話を通して、歯科衛生士やスタッフの方はもちろん、再生処理についての歯科医師の方々の認識の重要性も感じました。

そうですね。口腔外科医の中には、治療の際に、何の疑いもなく滅菌された安全な器具が手渡されると思っている方もいらっしゃると思います。でも、先生がその器具を手に持てるようになるまでには、洗浄から滅菌までのさまざまな再生処理のプロセスと検証が実施されていなくてはいけません。

研究会や研修の場では、歯科医師のみなさまに対して、実際に中央材料部に入っていただき、普段手渡されている器具がどれだけ安全なのかを考えてみてほしいとお伝えしています。そして中央材料室や歯科医院の現場で再生処理に関わられている方には、洗浄・滅菌された器材をただ供給しているのではなく、安全を届けているという意識を持っていただきたいですね。

─再生処理に向き合う姿勢を変えるために、現場の方々に伝えたいことはなんでしょうか?

「現代デンタルインプラントの父」と呼ばれているスウェーデンの医師がいらっしゃるんですが、私がスウェーデンで仕事をしていた際に、その奥様であるナースの方にご指導いただく機会がありました。そこで言われたのは、『「What」ではなく「Why」を考えなさい』ということ。その言葉はいまでも鮮明に覚えていますし、「なぜだろう?」と考える癖がついたと思います。

治療や再生処理のプロセスにおいて、どの器材を使って何をするのかではなく、「なぜ」それが必要なのかを考えることで、意識の変化が生まれてくるはずです。再生処理に関わっている方々には、与えられた作業をこなすだけじゃなくて、少し肩の力を抜いて「なぜ」について考えていただきたいですね。

─最後に、柏井さんの今後の活動についてお聞かせください。

昨年、これまで一緒に研鑽を続けてきた仲間を中心に、医科歯科双方の領域の方々と一緒に感染管理について勉強する機会として、グローバル医科歯科感染管理研究会を発足しました。この研究会では3つのコンセプトを掲げていて、1つ目は、先ほどからお話ししている歯科特有の口腔内外の感染管理についてです。2つ目は、近年明らかになっている、口腔内の感染症と身体の病気との関連性について学び、患者さんを総合的に診るための医科歯科連携について考えていきたいと思っています。そして3つ目は若手育成で、これは長らくこの業界で経験を積んできた自分にとって、最後の使命だと感じています。

歯科業界の変化のためには、互いにシンパシーを抱くことができる仲間が必要です。私一人でできることには限界があるので、今後の研究会の活動はもちろん、さまざまな方々と一緒に、この業界の活性化するための取り組みを続けていきたいと思います。