1. シナー・サークルとは
1-1. シナー・サークルは洗浄作用に影響を与える相互補完な4つの要素
1959年、ドイツのヘルベルト・シナー博士(Dr.Herbert Sinner)は、用手洗浄や機械洗浄における洗浄作用は「機械的作用」「化学的作用」「温度」「時間」という4つの要素の組み合わせにより得られるということを提唱しました。これをシナー・サークルと言います。
これら4つの要素は相互補完の関係にあり、1つの要素が低下した場合に同じ洗浄効果を保つには、他の要素で補う必要があることを意味しています。
例えば、いつもより少ない量の洗剤で洗浄する時は、より長い時間をかけないといつも通りの洗浄結果が得られない、ということです。
1-1-1. ① 機械的作用:ブラッシングやスプレーといった動的な作用
機械的作用は、拭き取り、ブラッシング、スプレー、超音波などの動的な作用が該当します。この作用により、物理的に器材から汚れを除去します。
「機械的作用」の例:ブラッシング
1-1-2. ② 化学的作用:洗剤が汚れを分解する作用
化学的作用は、主に洗剤による洗浄作用を指します。洗剤の化学反応で汚れや細菌を浮き上がらせたり、汚れの中の化合物を分解することができます。また、洗剤の中には殺菌作用やタンパク質を分解する効果、器材を保護する効果のある添加物が配合されているものもあります。
1-1-3. ③ 温度:洗剤の効果を左右する
洗剤にはその種類により、それぞれ効果的に作用する温度があります。汚染物を除去しやすくするためには、その洗剤に適した温度が必要です。
例えば、組織や血液の凝固を防ぐためには、予備洗浄中の温度や中性洗剤の温度は50℃以下に抑えなくてはなりません。一方で、アルカリ洗剤を使用する場合は、タンパク質残留物を加水分解(水の力で分解)するために、より温度を高くする必要があります。洗浄中の温度は、洗剤の種類に合わせて正しく選択しなければなりません。
1-1-4. ④ 時間:洗浄には一定の時間が必要
洗浄効果を得るには、ある一定の時間、①機械的作用 ②化学的作用 ③温度 が作用することが必要です。適切な洗浄がなされるために必要な時間は、洗浄方法や各作用の強さなどにより変わります。
1-2. 4つの要素の影響度は、洗浄方法によって異なる
4つの要素がそれぞれ洗浄作用に与える影響度を表したのが、下の円グラフです。
用手洗浄においては、洗浄作用の大半は機械的作用によるものです。ブラッシングの動的な作用が、洗浄結果に大きな影響を与えています。
一方、ウォッシャーディスインフェクターにおいては、機械的作用はスプレーアームからの水の流れのみなので、化学的作用や時間が洗浄結果に大きく影響します。
1-3. 4つの要素の媒体として水がある
水は、被洗浄物の汚れを溶かし、または浮かび上がらせて除去するための「媒体」です。すべての洗浄作用の基本に水があります。シナー・サークルの要素ではありませんが、「水質」は洗浄作用に影響する要素です。
2. 検証試験の内容
2-1. シナー・サークルの4要素を変化させた時の洗浄作用への影響を可視化した
シナー・サークルの4つの要素が変化した時、それぞれ洗浄作用にどのように影響を与えるか、可視化する検証を行いました。4つの要素を意図的に変化させ、洗浄インジケータの色落ち結果の変化を見ます。
2-2. 可視化に使用したもの:SALWAYの洗浄工程インジケータ
洗浄作用の変化を可視化するツールとして、SALWAYの洗浄工程インジケータを使用しました。
SALWAYの洗浄工程インジケータは、色落ち特性の異なる5色のバリエーションがあります。この5色は、基本的に イエロー < グリーン < ブルー < パープル < レッド の順で抵抗性が高い(色落ちがしづらい)設計です。洗剤の種類やその他の条件により、この色落ちの順序は前後する場合があります。
グリーン、ブルー、レッドの3色が1枚のインジケータになった、マルチタイプもあります。
SALWAYの洗浄工程インジケータ
2-3. 洗浄作用の評価装置:スプレーリグ
検証には、スプレーリグと呼ばれる評価装置を使用しています。スプレーリグは、洗浄工程インジケータの設計や検証に使用する装置で、以下の要件を満たすよう設計されています。
① シナー・サークルの4つの要素を調節できること
② 試験の再現性があること
③ 実際のウォッシャーディスインフェクターの機序に近いこと
今回は、SALWAYの洗浄工程インジケータの開発/製造元である、ドイツGKE社が所有するスプレーリグを用いて検証を行いました。
スプレーリグ
洗浄工程インジケータ(ブルー)をスプレーリグの内部4か所に設置し、5回試験を繰り返しました。インジケータは毎回同じ位置に設置し、洗剤やプログラムなども全く同じ工程で試験しています。いずれの試験においても、インジケータは同じ色落ち特性を示し、スプレーリグの洗浄作用に再現性があることが確認できました。
3. 検証結果からわかること
洗浄工程インジケータの色落ち結果をもとに、シナー・サークルの4要素が洗浄作用にどのような影響を与えるのかを見ていきます。
3-1. 【時間】洗浄時間を長くすると、洗浄作用は強まる
シナー・サークルの「時間」について、洗浄時間を変化させる検証を行いました。
インジケータは、最も抵抗性が高いレッドを使用しています。洗浄時間が3分では全く色落ちせず、5分でも変化していませんが、10分まで伸ばした時には完全に色落ちしています。
この結果から、洗浄時間を長くすることで、洗浄作用が強まることがわかります。
3-2. 【機械的作用】スプレーの流量を増やすと、洗浄作用は強まる
シナー・サークルの「機械的作用」について、スプレーの流量を変化させる検証を行いました。
1分間当たり0.5ℓのスプレーの場合、レッドのインジケータは試験開始後3分では全く色落ちしていません。一方で、スプレーの流量が1.5ℓ/分の場合は薄く色残りし、2.5ℓ/分の場合では完全に色落ちしています。
このように、同じ洗浄時間であっても、スプレーの流量を増やすことで洗浄作用が強まることがわかります。
3-3. 【温度】一般的に温度を上げると、洗浄作用は強まる
シナー・サークルの「温度」について、水の温度を変化させる検証を行いました。
アルカリ洗剤を使用し、水温が40℃の場合、試験開始後300秒を経過してもレッドのインジケータは完全に色落ちしませんでした。一方、70℃の場合、試験開始後60秒でインジケータはほぼ色落ちし、300秒経過した時点では、完全に色落ちしました。
このように、アルカリ洗剤では温度を高くすることで洗浄作用が強くなることがわかります。
しかし、酵素を含む洗剤の場合は、60℃を超えると酵素が失活し、洗浄力が低下するので注意が必要です。
アルカリ酵素洗剤を使用した場合、インジケータの色落ち結果は下のようになりました。温度を40℃から70℃に上げた時、洗浄時間300秒のインジケータの色落ちが悪くなっていることがわかります。
3-4. 【化学的作用】中性酵素洗剤よりもアルカリ洗剤の方が洗浄作用が強い
シナー・サークルの「化学作用」について、洗剤を替えて検証を行いました。
中性酵素洗剤を使用した時のインジケータの色落ち結果が下の表です。試験開始後10秒でイエロー、60秒でグリーン、300秒でブルーのインジケータが完全に色落ちしました。600秒経過した時点では、パープルはうっすらと色残りした状態になりましたが、レッドは全く色落ちしませんでした。
洗剤をアルカリ洗剤に変更し、その他は同じ条件で検証した結果が下の表です。試験開始後10秒でイエローとグリーン、60秒でブルーが完全に色落ちしました。そして、パープルは試験開始後180秒、レッドは600秒で完全に色落ちしました。
このように、温度や水量、時間が同じ条件では、中性洗剤よりもアルカリ洗剤の方が洗浄作用が強いことがわかります。
3-5. 【水】水の硬度が上がると洗浄作用は弱まる
シナー・サークルの要素ではありませんが、洗浄作用に大きな影響を与える水質について、水の硬度の変える検証を行いました。この検証では、マルチタイプのインジケータを使用しています。
まず、脱塩水で洗剤を溶かして作成した溶液を、一定の速度で5分間、インジケータにスプレーしました。その結果、グリーンとブルーは完全に色落ちし、レッドはわずかに色が残りました(~0°dH*)。続いて、硬度の異なる水で同じ洗剤を溶かして溶液を作成し、その溶液を5分間、インジケータにスプレーしました。硬度が5°dH、15°dH、25°dHと高くなるにつれて、インジケータは色落ちしにくくなりました。
これは、水の硬度が高くなると洗剤の界面活性剤が破壊され、洗剤の洗浄作用が弱くなるということを示しています。
*ドイツ硬度1°dH=アメリカ硬度17.85mg/ℓ
下は、水の硬度を比較した図です。WHOによって、軟水は60mg/ℓ以下、硬水は120mg/ℓ以上と定義されています。
日本の水道水は一般的に軟水で、東京の水道水は3.4°dH(60mg/ℓ)程度です。一方、デュッセルドルフ(ドイツ)の水道水は13.8°dH(245mg/ℓ)の硬水です。国や地域によって硬度に大きな差があることがわかります。
4. まとめ
いかがでしたでしょうか?
洗浄作用に影響する要素を簡単に示すものとして、シナー・サークルがあります。
シナー・サークルは、機械的作用、化学的作用、温度、時間の4つの要素で構成され、その要素が変化すると洗浄作用は変化します。一般的に、時間を長く、水の流量を多く、温度を高くすることで洗浄作用は強くなります。また、時間や温度、水の流量が同じ条件においては、アルカリ洗剤の方が中性酵素洗剤よりも洗浄作用が強いです。
シナー・サークルの要素ではありませんが、水の硬度も洗浄作用に影響を与え、硬度が高くなるほど洗浄作用は弱くなります。
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参考書籍:医療現場の清浄と滅菌(ヤン・ハュス)