再生処理の情報を記録するトレーサビリティシステム
本シリーズのvol.1にもご登場いただいた、東京医科歯科大学病院の久保田先生は、2009年から院内の医療機器を管理するトレーサビリティシステムの開発と導入を推進されてきました。C棟での材料部の新設に際しては、オペレーションの見直しと同時にさらなるシステムのアップデートが行なわれたといいます。
「トレーサビリティシステム導入の目的は、まずは医療の安全のためであり、1本1本の医療機器がいつどのように洗浄・滅菌されたのかを記録し、品質管理をおこなうためにあります。2009年の導入以前もアナログの用紙で記録していましたが、誰でも記録ができて、いつでも簡単に確認できるデジタルの仕組みを構築しました。運用をはじめてもう15年になり、いろんな成果が出てきていると思います」
東京医科歯科大学病院で使用されるほぼすべての医療機器には、「GS1 DataMatrix型」の2次元シンボルが刻印されており、材料部内の洗浄・組み立て・包装・滅菌の工程ごとに、2次元シンボルを読み取るための機器が設置されています。材料部のスタッフの方々が各プロセスで2次元シンボルの読み取り作業をおこなうことで、再生処理の進捗が材料部内のモニターに投射され、完了までのすべて情報が記録されます。
器材に刻印されたGS1 DataMatrixの2次元シンボル。2次元シンボルが刻印されていない器材を購入した際には、中央材料室内で刻印がおこなわれます。
点検・組立エリアにて2次元シンボルが読み取られている様子
洗浄エリアのスタッフはまず、外来病棟から回収されてきた使用済みの器材の「返却登録」をおこないます。病棟では返却の際に使用機器のリストを登録したQRコードを添付するため、洗浄エリアにて情報を読み取り、リストの内容とずれがないか確認することで、器材の紛失を防ぐことができます。
洗浄エリアにて返却登録をおこなう様子。専用のスキャナーにて、器材の2次元シンボルを読み取っていきます。
一方手術室では、医療機器の入ったコンテナ、滅菌バッグなどのQRコードをハンディリーダーで読み取り、使用履歴を登録をしています。材料部に器材を返却する際には、手術室内で登録情報と内容が一致しているかを確認するため、万が一器材の紛失が発生した際にも、すぐに事態に気づくことができます。
返却登録が済んだ器材は、洗い場にて用手洗浄や浸漬洗浄された後、洗浄器に運ぶためのラックに載せられます。このラックには「RFID」タグが組み込まれており、洗浄器がタグを読み取ることでプログラムが稼働し、器材ごとの洗浄情報が登録されていきます。なお、器材の多くはウォッシャーディスインフェクターにてアルカリ高温洗浄がおこなわれますが、種類によって中性洗剤を使用する場合や、超音波洗浄器、減圧沸騰式洗浄器を使用する場合もあり、いずれの洗浄情報もシステムに登録されます。
ラックに組み込まれたRFIDタグ。洗浄器内でこのRFIDタグが読み込まれ、器材の種類に合わせた洗浄プログラムが稼働する仕組みです。
ロボット支援手術に使用するデバイスを洗浄するジェット式超音波洗浄器
洗い場の横に設置されている真空超音波洗浄器は、ロボット手術に使用する精密機器などを洗浄する際に使用します。
洗浄後、点検と組み立てが完了したら、コンテナや滅菌バック、不織布に各器材が包装され、払い出される先の病棟・診療科の情報がIDに紐付けられていきます。手術室で使用される器材は患者情報との紐付けも行われるため、患者さん一人ひとりに対して使用された医療機器が、いつ、どのように洗浄・滅菌されたのか、すべてがデジタル情報としてアーカイブされることになります。将来的には、外来病棟の患者さんに使用される器材においても情報の紐付けがおこなわれるだけでなく、医療機器を運搬するコンテナやカート、手術室用のスリッパなど、周辺機器の洗浄・滅菌の実施情報についても管理される予定です。
包装後に貼付されるRFIDタグ入りバーコードシール。作業者名と払い出し先の病棟の情報が登録されます。
自動化を見据えたスタッフの働きやすさの実現
C棟の材料部で一際目を引くのが、ロボットの存在です。洗浄エリアと組立エリアにそれぞれ2台ずつ設置されたロボットは、器材を積んだラックを洗浄器まで運び、洗浄後のラックを点検台まで運ぶ役割を担っています。
洗浄前後の器材の運搬をおこなうロボット。それぞれのカラーリングに合わせて「ブルーロボ」「レッドロボ」などと呼ばれているそうです。
ロボットの導入は、なによりスタッフの負担軽減が目的ではありますが、同時に将来的な再生処理の自動化と24時間化を推進するためでもあると久保田先生は語ります。
「現在ここでは医科のみの医療機器を扱っていますが、ゆくゆくは歯科の分も担うことになるので、将来的な自動化と24時間稼働の実現を目論んでいます。今後は夜の退勤時に洗浄プログラムの指示さえ出しておけば、勝手に洗浄までしてくれるような仕組みにしていきたいですね」
ロボットに加え、組立エリアに導入された昇降機能付きのデスクも、スタッフの負担軽減と働きやすさに大きく寄与しています。スタッフはそれぞれ身長に合わせてデスクの高さを調整でき、自由に作業姿勢を変えることができます。
「当初は全員が座りながら作業ができる環境がいいかなと思っていたのですが、立って作業をする方がやりやすいというスタッフの声もあったので、どちらにも対応できるデスクを導入しました」
組立エリアの昇降機能付きデスク
なお、日本では座りながらの作業はまだ一般的ではないようですが、ヨーロッパの病院ではしばしば見られる光景なのだそうです。
「ヨーロッパの中央材料室では、スタッフは椅子に座って、ゆったりと器材の点検と組み立てをおこないます。もちろん文化の違いもありますが、日本のようにスタッフの人手不足が深刻な状況ではないですし、機械化の推進によって24時間稼働している病院もあるので、スタッフが勤務時間内でゆったりと作業ができる状況があります」
移転・新設時だからこそ導入できる設備
本インタビューシリーズのvol.7にて、愛知県医療療育総合センター中央病院の桑山祐樹さんは「(中央材料室の)移転は最大のチャンス」とお話しされていました。洗浄エリア、組立エリア、既滅菌エリアの3ゾーンを確保するためのレイアウト変更や、配管設備も視野に入れた新しい機械の導入などは、移転や新設のタイミングだからこそできることだと言えます。同記事では、移設・新設時の「コーディネーター」の必要性について指摘されていますが、C棟の材料部においては、計画段階から久保田先生がコーディネートされていたからこそ、具体的な運用を視野に入れた設備の導入が実現していることがわかります。
洗浄エリアの洗い場における「RO水」専用の蛇口の設置は、まさに新設のタイミングで導入されたもののひとつです。施設内にはRO水製造用のタンクが設置されており、常に2000リットルのRO水が貯蔵されています。なお、洗い場の各蛇口にはシャワーヘッドが採用され、内腔機器の洗浄用のウォーターガンも導入されています。
点検・組立エリアの「ME点検室」は、運用効率性の視点から新設されました。多くの病院では、臨床工学技士(Clinical Engineer=CE)が管理する医療機器(ME機器)の点検は手術室でおこなっているため、滅菌前の器材を材料部から手術室に運ぶ必要がありました。「ME点検室」の設置は、そういった運用上の無駄を省くことができるのはもちろん、運搬時の感染リスクの除去にもつながります。
「見学に来られた多くの方々が、『ぜひうちでもME点検室をつくりたい』とおっしゃっていました。今後改築や新設の際に導入される病院が増えるといいですね。点検用の設備は、後付けする場合は室内にボンベを設置する必要があるので、できれば設備設計の段階から構想しておいた方がいいと思います」
「ME点検室」内の様子。毎朝のラウンド時に点検が必要な器材があるかを確認しているそうです。
洗浄エリアと点検エリアの間に設置されている内視鏡洗浄室。内視鏡および手術支援ロボット用鉗子はどちらも内腔構造のため、完全に乾燥させるには専用の乾燥機を使用することが理想的ですが、なかなか導入できる病院が少ない現状があります。
既滅菌エリア内の保管庫の様子。使用頻度の高くないインプラント器材などを必要な分だけ貸出する、メーカー専用の在庫保管庫として運用されています。
災害発生時の再生処理を想定すること
点検・包装を終えた器材は、パススルー型の滅菌器を通過し、既滅菌エリアへと移動します。ここでは7台のオートクレーブに加え、過酸化水素ガスプラズマ滅菌器が2台、LTSF滅菌器が1台配置されており、いずれも設備設計の段階からパススルー型の滅菌器の導入が想定されているため、再生処理において理想的な3ゾーンが実現されています。
コンテナは払い出し先の病棟・診療科ごとに分類され、立体駐車場型の保管庫に収納されます。普段は電動式の保管庫ですが、停電が発生した際にはハンドルで動かすことができる仕様のため、災害時においても問題なく滅菌物を取り出すことが可能です。
ほかにも、C棟には非常用発電機のほか、免震装置やエントランスホールの臨時病床など、災害発生時のための設備が整えられています。災害時こそ病院には平時以上の医療の安全が求められますが、その際の再生処理についてまで想定されている病院は、日本ではまだあまり多くないと久保田先生は語ります。
「おそらく、地震が起きた際には井戸水が一気に汚れてしまうことが予想されます。材料部に供給される水の質が著しく悪くなるため、先ほどお話しした専用のタンクに溜まっているRO水で洗浄をおこなうことになるでしょう。C棟に移ってきてから材料部が非常電源につながるようになったので、電気さえあれば使用できる低温滅菌器を2台設置しました。ディスポーザブルの医療器材があれば治療はできますが、災害時の再生処理についてはどの病院も考えておく必要があると思います」
後編では、ふたたび久保田先生にご登場いただき、同大学の材料部にてサブマネージャーを務める橋本素乃さんと、材料部の運営を受託している鴻池メディカルの木村研一さんの3名で、新棟への材料部移転の背景と、病院と滅菌受託企業との間におけるコミュニケーションのあり方についてお話いただいた鼎談記事をお届けします。
>後編へ [再生処理の現場 vol.11(後編) 東京医科歯科大学病院×鴻池メディカル 病院と滅菌受託企業が一丸となり、「チーム医療」に取り組むために]