60年先を見据えた材料部をつくる
-C棟にあたらしい材料部をつくるにあたって、まずはどのようなことから考えはじめたのでしょうか?
久保田英雄先生(以下、久保田) この建物を建てる際に、大学からは「60年先を見据えた部門のあり方を考えなさい」という言明があったんです。60年先のことなんて、そう簡単にわかるものではないんじゃないかと思ったんですが、以前の建物がつくられた30年ほど前には、当時の先生方が次の時代を考えてくれていたんです。おかげで僕らは広く機能的な材料部を使うことができているので、僕らも何十年先の後輩から機能的に十分な材料部だと思われるようにしなくてはならないと考えました。
その時に、まずはなにより働きやすい職場環境を整えるのは病院側の責務なので、明るさや空調はもちろん、動きやすく無駄のない動線が確保できる空間について考えていきました。
-あたらしい材料部について、実際に再生処理業務を担当されている鴻池メディカルさんの視点からはどのように感じましたか?
木村研一さん(以下、木村) 私が東京医科歯科大学病院の材料部の責任者に着任したのが、ちょうど引越しの1ヶ月前だったのですが、移転後の材料部で使用する設備の説明会に参加し、ロボットをはじめ、見たことないようなあたらしい機械を目にして、ワクワクする気持ちでしたね。とはいえ、実際に使ってみるまでは「ロボットより手で運んだ方が早いんじゃない?」と思っていた部分もありましたね(笑)。
久保田 やはりロボットは大きな変更点でしたね。これまでの運用ではできるだけラックいっぱいに器材を載せてから洗浄器を回すようにしていましたが、C棟では洗浄器が3台から7台に増えたので、器材が揃うのを待たずにどんどん回すようにしてもらい、だいぶスムーズな運用になったと思います。
移設に際して、橋本さんは現場との調整にかなり苦労されたんじゃないかと思います。こちらは施設の構造の完成形が見えているわけだけど、よくわからない状態のまま現場を動かさなくてはいけない上に、僕からあれこれ言われるわけで(笑)。
橋本素乃さん(以下、橋本) たしかに、それまで設計図というのをみたことがなかったので、なかなかイメージができず、「ロボットって言われても…」みたいな感じではありましたね(笑)。説明会に参加しながら、徐々に運用のイメージを膨らませていきました。こちらに移転してからは、かなりスムーズな動線で動きやすくなりましたし、作業効率もよくなっていると思います。
ゼロにはできないヒューマンエラーをカバーする仕組み
久保田 トレーサビリティシステムの操作方法や、実際の運用に関してはぶっつけ本番でしたね。私自身はさらによくなる将来が見えていたんですが、運用方法はかなり変えたので、スタッフにとってはわけがわからない部分もあったと思います(笑)。みなさんには引っ越しも含めてかなり頑張っていただきました。
木村 引っ越し後すぐに通常の運用を開始しなくてはならなかったので、あたらしい機械について熟知しておく必要があったのですが、1、2時間の説明だけでボタン操作を覚えて、早速使いこなせているスタッフの姿に感心してしまいました。柔軟にアップデートをしていく感覚を持っているスタッフにはとても助けられています。現場のスタッフが知恵を出してくれる場面もあり、ベテランスタッフの意見で処分予定だった旧棟のテーブルや机を新棟に運んで設置した箇所もあります。結果的に効率がよくなり、現場の知恵の貴重さを感じました。
-木村さんは、これまで再生処理業務の受託をおこなう中で、トレーサビリティシステムに触れたことはありましたか?
木村 鴻池メディカルに入社する以前も、同じく再生処理業務を受託する企業に勤めていたので、すでにトレーサビリティシステムには出会っていました。久保田先生のお名前を知ったのもその頃でしたね。当時は日本の病院や施設の2割ほどしか普及しておらず、認知度は低い状況で、私自身も機械にバーコードをかざせば情報が登録されるという、曖昧な理解しかありませんでした。
その後、学会や研究会などに参加するうちに、トレーサビリティに興味を持つようになり、自分が責任者となってプランニングの段階からトレーサビリティシステムを導入させていただく機会もありました。そこからさらにトレーサビリティについて勉強したい気持ちが強くなり、医療機器メーカーに転職してトレーサビリティシステムの設計と開発業務の経験を積みました。現在はこれまでの経験を活かしながら、材料部の責任者としての職務をまっとうする充実した日々を過ごしています。
-東京医科歯科大学病院では、以前よりトレーサビリティシステムを導入されていますが、移転のタイミングでアップデートする際に、どのような思いがありましたか?
久保田 冒頭でお話しした通り、60年先を見据えた材料部をつくる上で、材料部の業務の品質を網羅的に管理するためにも、従来のアナログ手法はできるだけ排除し、人の力量によらずに品質を担保できる仕組みをつくらないといけないと考えました。
そのためには、ヒューマンエラーによるミスを防ぐ仕組みをつくることが重要です。ヒューマンエラーは決してゼロにはできないものなので、それを分かった上でエラーをカバーできる仕組みをつくり、作業を標準化する必要があります。
僕は東京医科歯科大学病院の材料部に来てからは、ことごとく従来のやり方を打ち破ってきたので、現場の人からしたら迷惑な部分もあるかもしれません(笑)。あたらしいやり方に慣れれば、絶対に以前より業務が楽になるというビジョンが自分の中にあるのですが、標準化に対する意識がまだ現場に根付いてない部分はあると思います。従来のやり方が踏襲されている部分があることで、スタッフのみなさんの日々の苦労の中に、無駄な頑張りが含まれてしまっているんですね。そういったところをできるだけなくすために、ちゃんとこちらの意図が伝わるよう、わかりやすく示していきたいと思います。
-具体的にはどのようなヒューマンエラーが起こっているのでしょうか?
久保田 システムとして不完全な部分でもあるんですが、滅菌物の払い出し先の間違いが起こる時があります。通常は材料部に返却された器材は同じ部門に払い出しますが、イレギュラーな滅菌依頼がある際に使用するオーダーシステムが、材料部内のトレーサビリティシステムとリンクしていないため、払い出し先の間違いが起きてしまう場合があるんですね。もちろん、確認漏れが原因で起こることだとは思うのですが、きちんと病院側としてシステムの交通整理をおこなえば、そういった間違いはなくなるはずです。木村さんが渋い顔をされていますが(笑)。
木村 はい(笑)。私たち受託側としては、高品質のサービスを提供することがモットーなので、現在材料部で働いている30名のスタッフ全員の業務をどのように管理するかは、私の常日頃の課題なんです。日々の作業においてヒューマンエラーの問題はどうしてもつきまとうものなので、繰り返し起きてしまう場合は原因を追求し、再発防止に努めています。スタッフ個々へのヒアリングもおこないますし、その後の対策についても周知しています。
私としては、ルールで縛り付けるのはあまり好きではないので、自然なかたちでスタッフができるようになる方法を考えていきたいという気持ちがあります。「怒られるから」「決まりだから」ではなく、なぜこうやらなければいけないかがわかる伝え方ができるように、私なりの工夫をしています。日々考えることがたくさんあるので、脳みそが忙しいですね(笑)。
チーム医療の実現のために、病院と滅菌受託企業が意見を出し合う
-そういった間違いが起きてしまった際に、フィードバックや振り返りはどのようにされていますか?
橋本 毎週決まった日に、木村さんと鴻池メディカルのリーダースタッフの4人で、「インシデント検討会」を実施しています。1ヶ月に1事例を取り上げて、インシデントが起きた原因について考え、改善のためにはどのようにすればいいのか、それぞれの意見を出し合っています。
これは久保田先生の考え方でもあるんですが、どのようにしていくべきかについては、きちんと話し合いながら決めるようにしています。こちらの希望を一方的に伝えてしまうと、逆に現場の業務が増えてしまったり、回らなくなってしまったりすることもあると思うので、少しでもやりやすい方法を一緒に考えていけたらなと思います。
久保田 これは業界全体の課題だと思いますが、滅菌受託企業に対して高圧的な姿勢をとってしまっている病院はまだまだ多いんですね。患者さんの安全を確保するのが僕らの使命であり、病院と滅菌受託企業が一丸となって同じ方向に進んで行かなければ、「チーム医療」は実現できません。これから病院側は認識を変える必要がありますし、同時に滅菌受託企業の側も、言われた通りにやるのを是としてしまうのではなく、専門家としての意見を病院側に提案していく力を鍛えていただきたい。なかにはそういったことへの抵抗感がある方もいらっしゃると思いますが、これからはプロとしての姿勢が滅菌受託企業に求められるようになっていくと思います。
-最後に、C棟の運営を通して今後挑戦されたいことをお聞かせください
橋本 もともと私は手術室の看護師だったのですが、患者さんの体内に入るものを扱う重要な仕事として、再生処理に魅力を感じたんですね。その後、材料部の職員募集の際に手を挙げて、看護師を辞めて職員になった経緯があります。再生処理の世界は、知れば知るほど奥が深いですし、インジケータなどを使用することで、結果の白黒がはっきりするところがおもしろいなと思っています。
看護師長をやっていた頃は、手術部の業務が大量にあったので、試したいことがなかなかできていなかったのですが、いまは久保田先生から「どんどんやっていいよ」と言っていただいていますし、楽しみながら試行錯誤することができています。今後も鴻池メディカルさんにご協力いただきながら、あたらしいインジケータを試してみたり、乾燥時間を変えてみたりなど、再生処理を極めていく挑戦をしていきたいと思います。
木村 これまでさまざまな病院で勤めてきましたが、インシデント検討会のような場があったとしても、言われたことをそのままやってしまっているスタッフがいたり、時には「めんどくさい」「なんでこんなことやんなきゃいけないんだ」といった声を聞いたりすることもありました。でも、だったらどうしてこちらから提案しないんだろうと、その時から感じていたんですね。東京医科歯科大学病院の責任者になってからは、まずは橋本さんを味方につけようと(笑)、細かなことでもこまめに相談するようにしています。逆に、私たちに対してもなんでも言いやすい環境を整えていきたいですね。まだまだ不器用な部分もたくさんありますが、せっかくご縁があって一緒の空間で働いているわけなので、これからもコミュニケーションの大切さを肝に銘じて、元気よく前向きにやっていきたいと思っています。
久保田 材料部の業務は、品質の保証がとても重要であり、負担を減らしながら間違いのない業務をおこなっていくにはシステム化が必要です。デジタルが苦手な方も多いと思いますが、ここまでの機材を揃えなくても、まずはできることから標準化の工夫をしてほしいと思います。僕らはこの場所でいろいろと試しながら、他の病院での導入方法についても考えていければと思っています。
質の高い医療の実現のためには、一見医療とは関わりのない仕事だと思ってしまっているパートさんや再生処理とは異なる業務、たとえば清掃や、リネンなどを含むサプライに関わる方々も含めて、みなさんに誇りを持って働いてほしいと思います。そのためには、病院側がきちんと風通しのいい環境を整える必要があります。まだまだ東京医科歯科大学病院も不十分なところはありますし、今後の取り組みを通して、そういった姿勢を見せていきたいと思っています。
>前編へ [再生処理の現場 vol.11(前編) デジタル化と自動化による、安全で働きやすい材料部の実現 東京医科歯科大学病院「C棟」材料部 フォトレポート]
※ご所属・肩書・役職等は全て掲載当時のものです。
※東京医科歯科大学病院は、2024年10月1日より東京科学大学病院に変わりました。