49歳にして再生処理の世界へ
山根優一(以下、優一) カイザー先生が再生処理の世界に進んだきっかけは何でしたか?
カイザー 私は化学と化学工学の博士号を取得後、アメリカ企業のドイツ支社にて20年間仕事をしていました。そして1992年からは、GKE社の経営権を取得し、ドイツの国家規格であるDINを定める組織でも活動をはじめました。アメリカ人との仕事に飽きてしまったんですね(笑)。49歳にして、医療の世界の新参者として、滅菌の分野について専門的に学ぶことにしたんです。当時の私はまったく滅菌について理解していなかったため、自分自身で勉強をはじめたのですが、学問的なバックグラウンドはあったので、この領域に飛び込んでいくことはそれほど大変ではありませんでした。
もともとDIN規格は、イギリスのBSI規格に基づく組織としてはじまりました。多くの基本的な規格は、92年から2000年の間に制定されています。92年の時点で3名だったGKE社は、現在50名以上にもなり、90カ国にビジネスを展開しています。そして日本における名優さんのように、世界中で60社ものディストリビューターとの関係を築くことができました。
山根貫志(以下、山根) GKE製品との出会いは、2004年の11月だったと思います。当時名優ではすでに滅菌コンテナを取り扱っており、医療機器の最大の展示会であったMEDICAで滅菌関連製品を探していたときでした。インジケータを展示するメーカーがいくつもあるなか、GKEの製品はそれまでに見たことがないものでした。ブースにいらっしゃったカイザー先生の奥様であるルチアさんに名優で取り扱いができないだろうかと話をしたところ、親身に相談にのってくださり、帰国後、カイザー先生とお話することができました。
BIに相当する試験方法となるタイプ5CIの開発
山根 タイプ5の化学的インジケータ(CI:Chemical Indicator)は、現在では生物学的インジケータ(BI:Biological Indicator)に相当するものとして規格で定められています。それはBIが主流だった業界において革新的だったのではないかと思いますが、規格の制定にはカイザー先生が関わられていたのでしょうか?
カイザー ええ。もちろん関与していましたが、私ひとりの力ではありません。われわれが正しいと考えていたことが、正式にISO規格として認められたのです。それ以前の滅菌確認においては、滅菌処理後に微生物が生きているかどうかを判定する、BIが用いられていました。BIを用いたテストは、細菌検査室に持ち込んで調べなくてはならない場合もあり、とても時間がかかる上、施設によっては実施するのが困難という課題があったのです。
この30年間、私たちはBIに代わる試験方法としてのCIの可能性を模索し続け、BI以上の検知能力のある、タイプ5のCIを開発しました。タイプ5CIは、蒸気の質、温度、時間の条件が満たされて、初めて色が変わるので、変色の結果で即座に滅菌条件が達成できたかどうか判断できます。BIと比べると扱いやすく、コストも高くありません。
このように、われわれは長い年月をかけてヨーロッパのスタンダードを構築してきました。そして2000年、ヨーロッパの現状に気付いたアメリカが規格委員会に参加しはじめ、アメリカにもISO規格が渡ることになりました。しかし、製薬などの産業ではヨーロッパ規格がアメリカの規格となりましたが、医療では、AAMI(米国医療機器振興協会)が定める基準があって、BIがいまだ滅菌確認のゴールドスタンダードになっています。
2年前、アメリカの仕事仲間から聞いたのは、旧世代の看護師はエンジニアリングや規格についてもまったく理解していないということでした。そのような病院では、20年以上前の設備がいまだに使用されていることもあるそうです。アメリカは技術面でとても優れていますが、滅菌に関してはまだ最新の技術が浸透しておらず、ヨーロッパに遅れをとってしまっているといえます。
保守的な日本への危機感とQMSの必要性
優一 カイザー先生は近年の再生処理の状況をどのように捉えられていますか?
カイザー 毎年ドイツとアラブ首長国連邦にて、世界中の方が参加する医療に関係する製品の国際見本市が開催されていますが、われわれもそこで最新の状況をリサーチするようにしています。ここ10〜15年ほどは、切開を最小限で済ませる、低侵襲手術(MIS:Minimal Invasive Surgery)が主流です。
MISでは小さく切開しトロッカーを入れ、トロッカーを通して体内に器材を入れて手術を行います。中には50cmもの長さの内腔機器を使用する場合もあり、構造の複雑さから洗浄・滅菌の難易度は高くなります。外側に比べて内側の処理はとても難しい。さらに近年は、体内にロボットアームに固定された特殊な器材を挿入し、医師が別の場所からロボットアームを操作して手術を行うロボット手術も普及してきており、専用の器材が使用されるようになってきています。
しかしながら、こういった使用器材の変化にもかかわらず、いまだに滅菌器に器材を入れ、スイッチを押し、神に祈りさえすれば(笑)、完璧に滅菌された状態で器材が出てくると思っている方がいます。
優一 日本の現状についてはいかがでしょうか?
カイザー これまで私が見てきた限り、日本人はとても保守的な部分があり、他の国と比べても変化に対しての抵抗感が強いと思います。途上国の場合、まだまだやらなくてはいけないことが多いため学びたいという意欲が高く、変化に対して柔軟ですが、日本はすでに発展している分、変化することが難しいのではないでしょうか。この20年間、名優さんとともに日本でセミナーを開いてきましたが、これまでに何回実施したか覚えていますか?
山根 おそらく40〜50回はあると思います。製品についてだけではなく、滅菌の原理についてのセミナーを、全日または半日のスケジュールで実施してきました。GKEの製品はとても革新的なアイデアのものばかりなので、自ら問題意識を持って再生処理に取り組む方々を中心に受け入れていただいています。こちらから病院やクリニックに営業に行くと言うより、セミナーに来ていただいた上できちん理解していただけた方に製品を届けるというのが、われわれの原則でもありました。
この20年間で業界の変化はもちろんありますが、病院の責任者の方が熱心に取り組んでくださったとしても、数年で他の部署へ異動になってしまうことが多く、いつの間にか適切な製品が使われなくなってしまうということが常に起こっています。
カイザー先生が講演のときによくおっしゃっていたのは、ドイツでは病院が国際規格に則った中央材料室の運営ができていない場合、監査が入りクローズさせられることがあると。日本にはまだそういった法制度はありません。
カイザー ドイツにおいては、政府の関連部署がすべての病院に対してクオリティマネジメントシステム(QMS:Quality Managemnt System)の確立を要請しているため、それに則った運営ができない病院は閉鎖されます。国際規格のISO9001および13485として定められているQMSは、徐々に世界中で知られるようになってきており、規格に基づいた中央材料室の設立が病院には求められています。これは中央材料室に限った話ではなく、自動車やパン屋においても同じことが言えます。理論的には検査されていない自動車にも乗ることはできますが、何か事故を起こしてしまうかもしれない。QMSの考え方を、中央材料室に応用しているだけなのです。
優一 カイザー先生はよく、自動車のエアバックが正しく作動するかどうかは、事故が起きてからでないとわからないけれど、事故が起きてしまってからでは手遅れだとおっしゃっていますね。つまり、エアバックが正しく作動することを保証するためには、エアバッグ自体が正しく作動するかどうかの確認ができないので、製造ラインおよびプロセスを保証しなくてはならないということです。
再生処理においても、洗浄器・滅菌器の性能を保証することができたからといって、滅菌物自体の質を保証することはできません。そして、中央材料室が払い出す滅菌物の品質は、医療機器メーカーが製造する製品の品質と同じレベルでなくてはなりません。
カイザー その通りです。わたしたちは、QMSについてこそ語るべきです。QMSさえ確立できれば、適切な機器を実装しなくてはならなくなるので、自ずとすべてが整備されていきますが、QMSがなければ、病院の中央材料室の運営は暗中模索の状態に陥ってしまいます。
>後編へ [再生処理の現場 vol.13(後編) GKE社 ウルリッヒ・カイザー博士 来日インタビュー 「インジケータは、洗浄・滅菌の結果を証明するためのものではない」]
※ご所属・肩書・役職等は全て掲載当時のものです。