課題だらけの現状に直面した、再生処理との出会い
─久保田先生が医療業界に進まれたきっかけを教えてください。
高校の頃にアメフトをしていたのですが、スポーツには怪我が付きものなので、医療の面からスポーツに関わることができないだろうかと考えるようになったのが、この道に進んだきっかけです。東京医科歯科大学の医学部に進学してからは、脳神経科学に興味を持つようになり、学部卒業後は大学院にて基礎研究に取り組んでいました。
そのまま研究者としての道に進もうと考えていたのですが、当時、私の恩師がデータ解析ソフトウェアのベンチャーを立ち上げ、設立メンバーとして誘われたんです。そこでしばらく取締役として、開発、営業、総務、経理、物流、カスタマーサポートなど業務全般の実務を続けていたところ、当時の東京医科歯科大学病院長から、材料部門を担当する人材として声をかけられ、再生処理の世界に足を踏み入れることとなりました。
─材料部門とは、病院内でどのような役割を果たしているのでしょうか?
医療処置や手術で使用される機器のことを「医療機器」と呼びます。そのうち、1回の使用で捨ててしまう単回使用医療機器を医療材料、再生処理を行った上で再び使用する医療機器を再使用可能医療機器と呼びますが、それらを管理する部門が材料部です。当時は、国立大学の独立行政法人化が進み、経営としての大学運営が求められるようになってきた時代でした。独立採算性の視点から医療材料のコスト管理が必要となり、病院の支出の多くを占める医療材料の使用実態を把握するために、私のもとに白羽の矢が立ったんです。
─久保田先生は、当時から再生処理の分野についての知識はあったのでしょうか?
正直に言うと、まったく知りませんでした。そもそも滅菌を行う部門があること自体認識していませんでしたし、私の周りでも知っている人はごくわずかでした。
就任当時、まずは洗浄から滅菌までの再生処理のプロセスを実際に経験したのですが、こんな世界があったのかと衝撃を受けたのと同時に、さまざまなことが明確化されていない事実にとても驚いたのを覚えています。当時、再生処理のガイドラインはありましたが品質保証に関する基準が整備されておらず、洗浄器や滅菌器といった機械さえ使用していれば問題ないと考えられているような状態でした。
再生処理の品質は、医療全体の安全に関わる問題ですし、医師や看護師の方々が十分に技量を発揮するためには、医療機器に関する不安やトラブルのない環境を整備されていることが前提となります。当時の再生処理の現状を目の当たりにし、この状態を変えていく必要があると感じ、現在にいたるまで活動を続けています。
前例のない医療機器管理システムの構築
─当時の状況を変革するために、どのようなことに取り組まれたのでしょうか?
まずは、再使用可能医療機器をしっかりと管理できる仕組みづくりからはじめました。ちょうど同じ頃、狂牛病が流行していたことで食肉分野のトレーサビリティが急速に普及していましたが、医療材料においても、購入時期や修理履歴、使用状況といった品質に結びつく情報を管理する必要があると考え、メーカーと連携しながら独自のシステムをつくり上げていったんです。時期尚早なのではないかという声もありましたが、誰でも管理できる仕組みをつくることが、これからの時代の病院には必要なのではないかと、当時の病院長を説得して開発に取り組みました。
医療機器の管理は、先進的な取り組みを実施している大学組織だけではなく、すべての医療現場で実践すべき問題です。一般に普及させるための研究開発に取り組むのは国立大学の使命でもあるので、小さな診療所から大学病院まで、すべての病院・クリニック・診療所で使用可能なシステムを開発しました。現在ようやく15年ほどが経ったことで、全国の各施設でトレーサビリティの導入が進んでいます。
病院とメーカーの意識を変えるために
─久保田先生は日本医療機器学会の理事も務められていますが、これまで学会内では、再生処理の分野に対してどのような取り組みが実施されてきたのでしょうか?
私が学会に所属した当時は、理事長を務められていた小林寬伊先生を中心に、滅菌の水準を世界に追いつかせようと、ガイドラインの策定が進められていました。2000年に滅菌保証のガイドラインとして無事発表され、その後滅菌技師の資格認定制度が発足されるなど、再生処理の専門性を向上させるための機運が高まってきてはいますが、いまだ医療界内の認知が十分ではないのを感じています。
徐々に病院の先生方の間でも理解が進んでいるものの、材料部門の管理を務められる大学の先生方は、他部門と兼任されている場合が多いので、なかなか再生処理だけに注力することができないという組織的な課題もあります。病院自体はシステマチックに運営されていくものなので、よほどのトラブルがない限り、再生処理の水準向上に意識が向かないケースも多いです。
昨年、施設の再生処理の水準を評価するツールが発表されたのですが、今後はこのツールを活用することで、大学病院や特定機能病院をはじめ、規模の大小にかかわらず全国の医療施設に対して再生処理環境整備のための客観的な指摘ができるようになります。サーベイヤーによる第三者評価を受けた病院側は、目の色を変えて改善に取り組まざるを得なくなりますし、そのことが最新の洗浄器や滅菌器などの導入や、再生処理のプロセスに準じた中央材料室のゾーニングといった環境整備の推進につながります。
─日本医療機器学会には、医療業界の中でもどのような方が所属されていますか?
大学に勤めるアカデミアの方々はもちろん、メーカー企業の会員も所属していることが当学会の特徴でもあります。COI(利益相反)の視点から企業が所属することは難しい学会もあるのですが、当学会では日本の医療機器の発展のために、産官学連携による活動を実施してきた歴史があります。
─メーカーの中での再生処理への理解はどのような現状なのでしょうか?
やはりそちらも十分ではなく、あたらしい医療機器が開発される場面においても、再生処理のプロセスまでは考慮されていません。執刀医の方々にとっての使いやすさや、どれだけ時間を短縮できるのかといったことしか議論されていない現状は、課題として取り組むべきことだと考えています。
医療機器としての承認を得る上では、保守管理方法を添付文書に記載する義務はあるのですが、洗浄・滅菌については一般的な記述のみに留まっています。最近は学会の場を通じてメーカーの方に直接提言させていただく機会もあるので、徐々に変化が生まれてきているのも感じています。
再生処理について知り、患者自身が病院を選ぶ時代へ
─日本の再生処理の水準向上のために、参考にすべき海外の事例などはあるのでしょうか?
アメリカやヨーロッパでは、先進的な取り組みも進んでおり、それに基づいた知見があるので、日本国内において導入できそうな事例は積極的に取り入れていくべきだと思います。しかしながら、滅菌処理の法規制の面で日本ははるかに遅れを取っていますし、石橋を叩いても渡らないような慎重さが風土としてあるため、どうしても対応が後手後手に回ってしまっています。とはいえ、日々現場では切々と再生処理の問題に向き合っているので、国としても迅速に取り組んでいただきたいと考えています。
─再生処理のプロセスや考え方は国によって異なるのでしょうか?
ヨーロッパの場合は、規格ありきのデータ主義的な考え方のため、滅菌器のパラメーターの数値によって再生処理の質を保証しています。一方アメリカでは、数値を扱いながらも培養検査といった微生物の検査もふくめたトータルで判断する傾向があります。日本はどちらかといえばアメリカに近い考え方ですが、病院の規模や再生処理業界のあり方が異なるので、これからは日本独自の基準を持つべきです。それに、日本人は非常に細かい仕事を万人が行えるという特有の気質があるので、再生処理における日本の独自性を打ち出していくことも、これからは考えるべきなのではないかと思います。
─最後に、今後の取り組みについてお聞かせください。
引き続き、再生処理分野について病院の経営層に認知してもらうための活動を続けると同時に、医療業界に携わる方だけではなく、一般の方々への周知にも今後は取り組んでいきたいですね。欧米では、再生処理の存在が一般にも知られています。日本でも病院を選ぶ際の評価基準のひとつとして、患者さん自身が再生処理について調べるようになれば、病院側の対応がより早まることも期待できます。それはある意味ではパンドラの箱を開けることになるかもしれませんが、日本の医療をより安全な環境にするためにも、多くの方に再生処理の現状を知っていただく取り組みを続けていきたいと考えています。
※ご所属・肩書・役職等は全て掲載当時のものです。
※東京医科歯科大学病院は、2024年10月1日より東京科学大学病院に変わりました。