目次
1. 高圧蒸気滅菌における蒸気の質
1-1. 高圧蒸気滅菌における重要プロセス変数は「温度」「時間」「飽和蒸気」
プロセス変数とは、洗浄・消毒・包装・滅菌など、それぞれのプロセスにおいて、その変化が有効性に影響を与える特性のことです。その中でも、特に影響が大きいものを重要プロセス変数といいます。
高圧蒸気滅菌における重要プロセス変数は「温度」「時間」「飽和蒸気」の3つです。これらの条件が達成されることにより適切な滅菌が可能になるため、化学的インジケータ等を使用して日常的にモニタリングする必要があります。
1-2. 飽和蒸気とはある一定の温度・圧力にて飽和した状態の蒸気
ある密閉された空間で水を熱すると沸騰を始め、蒸発すると水蒸気という気体になります(気化)。しかし、ある量が蒸発するとそれ以上は気化できなくなります。その状態の蒸気を飽和蒸気と言います。
飽和蒸気は、温度の低い物質に触れると即座に凝縮し(水に戻り)、接触した物質に熱を伝え急速に加熱します。このような特性を持つことから、飽和蒸気は熱を伝導させるために最も効率が良く、高圧蒸気滅菌に用いられます。
1-3. 滅菌する器材によって蒸気浸透のしづらさは異なる
器材を適切に滅菌するためには、器材のあらゆる側面に蒸気が浸透する必要があります。鋼製小物などの単純な形状をした器材であれば、器材の外表面に蒸気が暴露していることを確認すれば問題ありません。
しかし、内腔器材や構造が複雑な器材の場合は、空気および蒸気の流通が阻害され蒸気は浸透しづらくなります。そのため、器材の外表面だけでなく、器材内部レベルにおいても蒸気が浸透していることを確認しなければなりません。
医療現場における滅菌保証ガイドライン2021(以下ガイドライン2021) p119には、器材の蒸気浸透のしづらさについて、以下のように記載されています。
下記に記載した1)~4)の順で空気排除を強化すべきである。
1)鉗子や鑷子などの鋼製小物類
2)硬性内視鏡やラパロ用トロッカーなどの中空を有する器材
3)リネンやフィルタなどの空気を含む器材
4)複雑な構造をもつ器材
1-4. 内腔器材への蒸気浸透を妨げるのは空気溜まり
高圧蒸気滅菌において、特に内腔器材の内部に蒸気が浸透するのを妨げる要因は空気溜まりの存在です。空気溜まりがあると蒸気が浸透せず、熱伝導を妨げるため、滅菌不良の原因となります。
2. 非凝縮性ガス(NCG)とは
2-1. 凝縮できず気体のまま存在するガス
非凝縮性ガスとは液体に溶け込んだ微小なガス粒子のことで、室温でも高圧蒸気滅菌時でも、凝縮できず気体のまま存在します。身近な例として、ビールや炭酸飲料などに用いられている炭酸ガスが挙げられます。
2-2. 非凝縮性ガスは英語でNCG
非凝縮性ガスは、英語でnon-condensable gasと言います。頭文字を取ってNCGと略されることが一般的です。
2-3. NCGは滅菌不良の原因となりうる
先程、高圧蒸気滅菌において滅菌を妨げる要因は空気溜まりであると述べましたが、NCGもその1つです。水蒸気に含まれた微小なガスが蒸気の浸透を阻害し、熱伝導を妨げ、滅菌不良の原因となることがあります。
2-4. NCGが発生する原因は配管内に残存した空気など
NCGが発生する原因としては、加熱時に供給される水に空気が含まれている場合や、配管内に残存した空気が滅菌器庫内に入り込む場合などが考えられます。
2-5. タイプ5やタイプ6の化学的インジケータではNCGを検知できない
国際規格ISO11140-1において、タイプ5とタイプ6の化学的インジケータは、いずれも滅菌工程の重要プロセス変数の全てに反応することが要求されています。よって高圧蒸気滅菌においては、温度・時間・飽和蒸気の全てに反応しなければいけません。
しかしながら、滅菌の阻害要因であるNCGの検知については、タイプ5、タイプ6いずれも国際規格の要求事項に含まれていません。そのため、これらのインジケータではNCGを検知することはできない点に留意する必要があります。
3. ガイドライン2021におけるNCGの位置づけ
3-1. NCGは蒸気凝縮水の品質基準の1つ
ガイドライン2021の「9.蒸気滅菌における滅菌バリデーションと日常管理」において、蒸気凝縮水の品質基準を設定する際に考慮すべきことの一つとして、NCGについて以下のように記載されています。
NCGを多く含む蒸気を滅菌に用いると、NCGによって蒸気の浸透性が阻害され、伝熱不良を引き起こすことがある。ISO/TS 17665-2の附属書A(欧州向けの情報)では滅菌凝縮水量に対する気体状のNCG含有比率の上限を3.5%と定めているが、この含有比率を蒸気中の体積比率で考えた場合NCGの占める割合は微少なため、蒸気浸透性や伝熱性能への影響は小さいと考えられる。NCGの測定や監視が望ましいが、代替手段として蒸気浸透性を評価するボウィー・ディックテストで日々確認する。
3-2. 「NCGの測定や監視が望ましい」と記載
NCGによって蒸気の浸透性が阻害され、伝熱不良を引き起こすことがあることから、ガイドライン2021ではNCGの測定や監視が望ましいとされています。しかし、NCG検知器はすべての医療機関が保有しているわけではなく、日常的にNCGを測定するのは現実的には困難であると言えます。
3-3. NCG測定の代替手段としてボウィー・ディックテストの実施を推奨
ガイドライン2021では、NCG測定の代替手段として、蒸気浸透性を評価するボウィー・ディックテストの実施を推奨しています。
ボウィー・ディックテストは、医療器材を滅菌するのに非常に重要な、高圧蒸気滅菌器の空気除去性能および蒸気浸透性を確認する試験です。適切な検知力を有したボウィー・ディックテストを実施することにより、扉パッキンの劣化や蒸気配管からの空気漏れなども検知することができます。
ボウィー・ディックテストについて詳しく知りたい方はこちら。
ボウィー・ディックテストとは?ガイドラインの記載内容や実施方法、市販品の選び方について解説します。
4. 国際的な規格におけるNCGの位置づけ
4-1. NCGが留まる可能性がある内腔器材の蒸気浸透性の確認を要求(ISO/TS17665-2)
湿熱滅菌に関する国際規格であるISO/TS17665-2の「10.日常モニタリングと管理」において、NCGが留まる可能性のある内腔器材やチューブ類などを滅菌する際、エアディテクターや適切なPCD(Process Challenge Device)を用いて日常的に蒸気の浸透性を確認すべきと言及されています。
4-2. 大型滅菌器の欧州規格EN285ではNCGの許容濃度は3.5%
大型滅菌器に関する欧州規格であるEN285において、NCGは蒸気の質(steam quality)を考慮する際の重要な要素として言及されており、許容濃度は蒸気凝縮水量に対して3.5%までとされています。
5. 日常的に蒸気浸透性を確認するために
5-1. 内腔器材への蒸気浸透性を確認するためにPCDを使用する
日常的に内腔器材への蒸気浸透性を確認するための方法として、ISO/TS17665-2でも言及されているPCDの使用があります。PCDとは、Process Challenge Deviceの略で、意図的に蒸気浸透性を悪くする抵抗性を持ったデバイスのことを指します。CIやBIなどのインジケータをPCDに挿入して使用します。
BIやCIなどのインジケータは、それが置かれた場所の情報しか得ることができません。つまり、滅菌が難しい器材内部までの滅菌条件の達成を確認するためには、本来はインジケータを器材内部に入れなくてはいけません。
しかし、物理的にBIやCIを器材内部に挿入することはできません。そのため、器材内部のように滅菌がしづらい環境を疑似的に再現するPCDが必要となるわけです。
5-2. 器材よりも滅菌抵抗性が高いPCDを選定する
市場には様々なPCDが市販されていますが、どんなものでも良いというわけではありません。特にNCGが残留しやすい内腔器材など蒸気が浸透しづらい器材を滅菌するのであれば、内腔器材よりも滅菌抵抗性が高い(蒸気が浸透しづらい)PCDを選択して使用する必要があります。
これはワーストケースという考え方で、器材よりも蒸気が浸透しづらいPCDが合格していれば、器材内部にも適切に蒸気が浸透していると推定することができます。
市販PCDの選び方について詳しく知りたい方はこちら。
【検証試験】日常の出荷判定用テストパックの選定について。市販PCDの選び方は?BIとCIどちらを使うべき?
6. まとめ
いかがでしたでしょうか。
高圧蒸気滅菌において、NCGは滅菌の阻害要因の1つであり、内腔器材の滅菌不良の原因となる恐れがあります。CIやBIなどのインジケータを使っているから安心というわけではなく、NCGなどの蒸気の質にも留意して滅菌することが大切です。そのためにも、適切なボウィー・ディックテストやPCDを用いて、日常的にモニタリングを実施しましょう。