腹臥位とは
腹臥位は、一般に「うつ伏せ」と呼ばれる姿勢にあたります。医療現場では患者の体の向きを正確に共有する必要があるため、「腹臥位」という体位名が使われます。
腹臥位の読み方と英語表現
「腹臥位」は「ふくがい」と読みます。英語では「prone position」といい、医学用語では顔を下に向けて横たわる姿勢を指します。
似た体位名と区別するときは、「腹側が下になるのが腹臥位」と考えると位置関係を整理しやすくなります。
仰臥位との違い
仰臥位(ぎょうがい)は、顔を上に向けて横たわる姿勢です。腹臥位とは体の向きが反対になり、ベッドや手術台などの支持面に触れる部位も大きく変わります。
| 比較項目 | 腹臥位 | 仰臥位 |
| 基本姿勢 | 体の前面を下にする | 体の背面を下にする |
| 英語 | prone position | supine position |
| 圧がかかりやすい面 | 顔面、胸部、骨盤前面、膝、足背など | 後頭部、肩甲部、仙骨部、踵など |
どちらか一方が常に優れているわけではありません。何を目的として体位をとるのかによって、適切な選択は変わります。
腹臥位が使われる主な場面
腹臥位は、単なる寝姿勢の名称ではありません。医療現場では、手術や集中治療などで目的をもって選択されます。ただし、使用する目的によって管理方法や注意点は異なります。
手術で腹臥位を使う場面
手術では、手術部位へアプローチしやすくしたり、必要な術野を確保したりするために腹臥位が選ばれることがあります。以下のような手術で腹臥位が選択されます。
- 脊椎後・側方手術全般
- 頚椎後方手術
- 胸・腰椎椎弓切除術
- 腰椎髄核摘出術
- 脊椎側弯症手術
麻酔などの影響により、患者自身が圧迫感やしびれを伝えられない場合もあります。そのため、体位を整えた時点だけでなく、手術中も安全性を確認することが重要です。
特に注意したいのは、顔面や胸部、骨盤前面、膝などへの局所的な圧迫、上肢の過度な伸展、眼への圧迫、チューブやライン類の位置です。具体的な固定方法や支持具の選択は、手術内容や患者の体格・可動域、施設の手順に沿って判断します。
呼吸管理で行う腹臥位療法
集中治療では、成人のARDS(急性呼吸窮迫症候群)に対する治療の一つとして腹臥位が用いられます。対象となる患者を選び、呼吸状態や循環、皮膚の状態、医療機器などを管理しながら行う治療として位置づけられます。
腹臥位療法は医療者の管理下で行う
ARDSに対する腹臥位療法は、診療ガイドラインで対象や実施条件が示されている医療行為です。
ARDS診療ガイドライン2021 領域D 呼吸器周辺治療 CQ35
【推奨】
中等症および重症の成人 ARDS 患者において,長時間の腹臥位を行うことを条件付きで推奨する(条件付き推奨/非常に低い確実性のエビデンス:GRADE 2D).【付帯事項】
実施には腹臥位にある程度習熟した医療機関で行う必要がある.また,腹臥位を行う場
合は,施行時間は長時間(12 時間以上)を考慮するべきである.
呼吸が苦しいという理由だけで、治療目的の腹臥位を自己判断で行うものではありません。病態や人工呼吸管理の状況、禁忌、合併症のリスクなどを含め、医師や医療チームが総合的に判断します。
腹臥位で注意する褥瘡の好発部位
腹臥位では、仰臥位とは異なる部位が支持面に触れます。そのため、圧迫されやすい場所も変わります。
褥瘡を予防する際は、「腹臥位だからこの場所を見る」と体位名だけで判断するのではなく、患者の体が実際にどこで支持され、どこに圧が集中しているかを確認することが大切です。
腹臥位で圧迫されやすい部位
腹臥位では、顔面、前胸部、骨盤前面、膝、足部など、体の前面を中心に圧が加わります。体格や支持具の位置によっては、特定の場所に圧やずれが集中することもあります。
顔面・胸部・骨盤前面・膝・足背などを確認する
国際的な褥瘡・圧迫損傷予防ガイドラインでは、腹臥位で注意する部位として、額、顎、頬、前肩、肘、胸部、外陰部、骨盤前面、膝、足背・足趾などが挙げられています。
ただし、これらは「必ず褥瘡が生じる部位」という意味ではありません。患者の体格、支持面、クッションやパッド、手術器具、チューブ類の配置によって、実際の圧迫点は変わります。
部位名だけを確認するのではなく、皮膚の状態と実際の接触部位を一人ひとり確認することが重要です。
仰臥位と比べた圧迫部位の違い
仰臥位では、後頭部、肩甲部、仙骨・尾骨周辺、踵など、体の背面に圧が集中しやすくなります。これに対して腹臥位では、顔面や胸部、骨盤前面、膝など、前面側の確認が重要になります。
体の前面と背面で圧が集中する部位が変わる
腹臥位と仰臥位の違いは、単に「顔が下か上か」だけではありません。体のどの面が支持面に接するかが変わるため、観察する皮膚や圧の分散を考える部位も変わります。
褥瘡予防では、体位名だけを手がかりにするのではなく、実際の支持面、医療機器との接触、患者の皮膚状態を合わせて評価します。
腹臥位で注意したい神経障害と圧迫リスク
腹臥位で注意するのは、皮膚への圧迫だけではありません。上肢の位置による末梢神経障害や、顔面・眼・医療機器まわりの圧迫も確認が必要です。
こうしたリスクは、とくに手術や長時間の集中治療などで重要になります。
上肢の末梢神経障害
腹臥位では、腕や肩の位置によって神経が伸ばされたり、局所的に圧迫されたりする場合があります。ARDS患者を対象とした研究では、尺骨神経(しゃっこつしんけい)や腕神経叢(わんしんけいそう)など、上肢の末梢神経障害が報告されています。
ただし、患者背景や腹臥位の方法は研究ごとに異なります。報告された発生率を、そのまますべての腹臥位患者に当てはめることはできません。
腕や肩への過度な伸展・圧迫を避ける
神経への負担を減らすには、腕や肩を無理に外転・伸展させず、肘や上腕などに局所的な圧が集中しないよう確認します。
患者にもともとの関節可動域制限や神経症状がある場合は、それらも考慮する必要があります。「何度までなら必ず安全」という一律の角度だけで判断せず、患者の体格や可動域、手術・治療の条件、施設の手順に沿って位置を確認します。
顔面・眼・医療機器まわりの圧迫
腹臥位では顔面が支持面に近づくため、額や頬、顎に加え、眼周囲への圧迫にも注意します。
また、気管チューブ、カテーテル、ドレーンなどが患者の体と支持面の間に入り込むと、局所的な圧迫につながる可能性があります。
圧迫点とチューブ類の位置を継続して確認する
体位変換の直後に問題がなくても、その後のずれや組織の変化によって新たな圧迫が生じることがあります。
そのため、皮膚や顔面、眼周囲、チューブ・ライン類の位置は、一度確認して終わりにせず継続して見直します。確認する頻度や方法は、患者の状態や治療・手術内容によって異なるため、具体的な観察手順は各施設のプロトコルに従います。
腹臥位のポジショニングで確認するポイント
腹臥位のポジショニングでは、単に患者を「うつ伏せにする」ことが目的ではありません。必要な治療や処置を行える姿勢を保ちながら、圧迫や神経の伸展、医療機器のトラブルを減らすことが重要です。
頭頸部と上肢を無理のない位置に保つ
頭頸部は必要以上に回旋・伸展させず、上肢にも無理な外転や伸展が生じないようにします。
患者ごとの可動域や既往、手術・治療上必要な位置を考慮しながら、神経や関節に過度な負担がかかっていないかを確認します。
胸部・骨盤・下肢の圧を分散する
腹臥位では、胸部、骨盤前面、膝などが支持面に触れやすくなります。
支持具やパッドを使用する場合も、「柔らかいものを置けばよい」とは限りません。局所に圧が集中していないか、呼吸や循環、必要な処置を妨げていないかまで含めて確認します。
体位変換後も皮膚・神経・医療機器を再評価する
ポジショニングは、体位を整えた時点で完了するものではありません。
皮膚の発赤や圧迫、手足の位置、神経への負担、チューブ・ライン類の状態などを継続して見直します。とくに同じ体位が長く続く場合は、患者の状態や支持面への耐容性を踏まえ、必要に応じて体位や支持方法を再評価します。
まとめ
腹臥位は、体の前面を下にする「うつ伏せ」の体位で、英語ではprone positionと呼ばれます。仰臥位とは支持面に触れる場所が異なるため、注意する圧迫部位も変わります。
医療現場では手術やARDSの治療などで腹臥位が用いられますが、安全なポジショニングには、皮膚、上肢の神経、顔面・眼、チューブ類などの継続的な確認が欠かせません。
医療現場で腹臥位を実施する際は、患者個別の状態、施設の手順、使用する医療機器の指示、最新のガイドラインを確認してください。
参考出典
- National Pressure Injury Advisory Panel / European Pressure Ulcer Advisory Panel / Pan Pacific Pressure Injury Alliance. Repositioning — International Guideline.
- ARDS診療ガイドライン2021
- Qadir N, et al. An Update on Management of Adult Patients with Acute Respiratory Distress Syndrome: An Official American Thoracic Society Clinical Practice Guideline. Am J Respir Crit Care Med. 2024;209:24-36.
- Grasselli G, et al. ESICM guidelines on acute respiratory distress syndrome: definition, phenotyping and respiratory support strategies. Intensive Care Med. 2023;49:727-759.
- Bentsen SB, et al. Patient positioning on the operating table and patient safety: A systematic review and meta-analysis. J Adv Nurs. 2025;81:5585-5602. DOI: 10.1111/jan.16049. PMID: 38186052.
- Binda F, et al. Upper limb peripheral nerve injuries in patients with ARDS requiring prone positioning: A systematic review and proportion meta-analysis. Intensive Crit Care Nurs. 2024;85:103766.
- Patton D, et al. The effect of prone positioning on pressure injury incidence in adult intensive care unit patients: A meta-review of systematic reviews. Aust Crit Care. 2022;35:714-722.
- American Society of Anesthesiologists. Practice Advisory for the Prevention of Perioperative Peripheral Neuropathies. 2018.
- Association of periOperative Registered Nurses. Positioning the Patient.
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