JOURNAL

再生処理の現場

再生処理の現場 vol.14 群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん 『患者さんの気持ちを代弁するように、再生処理に取り組む』

群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん

再生処理の現場に立つ、さまざまな方の声を届ける「再生処理の現場」。vol.14の今回は、群馬大学医学部附属病院の藤井幸子さんにお話を伺いました。藤井さんは同病院の材料部にて管理業務に携わりながら、昨年からは群馬県中材業務研究会の会長として、県内の病院で再生処理の業務に携わる方々に向けた講演会の企画運営を担当されています。本取材では、藤井さんのこれまでのキャリアをはじめ、同大学の材料部の改善に取り組まれてきたこれまでの歩みについてお話しいただきました。

群馬大学医学部附属病院

ご自身が生まれた病院の看護師に

-藤井さんが再生処理の仕事に関わるようになるまでの経緯をお聞かせください。

実は母も看護師だったので、楽しそうに仕事している姿を見て、私も看護師の仕事を選んだんです。ちなみに群馬大学医学部附属病院は私が生まれた病院でもあり、最初にここに就職した時の産婦人科の師長さんは、私を取り上げてくれた助産師さんだったんですよ。看護を学んだのも、自分の子どもを産んだのもここなので、ずっとお世話になっていますね。

群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん

看護師になったばかりの頃は病棟に勤務していましたが、市民病院でオペ室の師長をしている母から、「病棟で手術後の患者さんを看るのに、患者さんがどんな手術を受けたかわかっていたほうがいいから、オペ室の仕事も経験しておきなさい」と言われて、3年目からオペ室への異動を希望したんです。再生処理の業務をはじめて担当したのはその頃ですね。基本的に材料部の業務は滅菌受託企業の方にお願いしているんですが、オペで使用する滅菌済みの器材のセット組みのほかに、夜間に急患が入った場合の滅菌を担当していました。

群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん

-はじめて材料部をご覧になった際に、どのような印象を持ちましたか?

うーん……なんか怖いなって(笑)。機械がずらっと並んでいるので、冷たい雰囲気がして。

群馬大学医学部附属病院

-その後、どのように再生処理の仕事にのめり込むようになったのでしょうか?

材料部へ異動になってからですね。オペ室でしばらく働いてから、子育てのために一度退職して、またパートとして復職したんですね。その後、パートから常勤になるタイミングで、材料部に異動することになりました。材料部の仕事は代々オペ室を経験した看護師が担当しており、私がこの業務の専任として関わることになったんです。当初はいつか病棟に戻れるといいなと思っていたんですが、結局この仕事にどっぷり浸かってしまいましたね(笑)。

群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん

オペ室にいた頃、滅菌作業は片手間の業務で、言われた通りの方法に従っていたので、「なんちゃって」の知識しかありませんでした。なので、材料部に異動してからは、子どもが寝た後にガイドラインを読んで勉強していました。異動したばかりの頃、当時の師長さんが滅菌に関する講演や勉強会の案内を教えてくれて、「行きたいと思った勉強会には行っていいよ」と言ってくださり、とてもよくしていただきましたね。感謝しております。

群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん

メーカーと共同で手洗いの器材の洗浄証明書を発行

-当時の材料部はどのような状況でしたか?

再生処理について知れば知るほど、改善しなくちゃいけないことばかりだということに気がつきました。知識がないころは、滅菌器を「魔法のボックス」のように捉えていて、滅菌器にさえ入れておけば問題ないと思ってしまっていたんです。それに、本来の再生処理のやり方よりも、オペ室側に合わせた運用をしてしまっていたことがわかりました。私自身、オペ室の看護師としてやりやすさを感じていたのですが、再生処理の視点からするとやり方を変えなくてはならなかったので、オペ室の看護師の方々に変更を伝えていく大変さがありましたね。

群馬大学医学部附属病院

-最初は現場からの反発などもありましたか?

50〜60人の看護師が働いているので、なかなかスムーズにはいかなかったですね。まずは滅菌について知識がある認定看護師の方から説得していき、徐々に師長さんや副師長さんといった立場が上の方にもお話をしていきました。滅菌はかなり専門的な分野なので、なかなか必要性が伝わりにくいのですが、説得する際には本に書いてあることや、他の大学で実践されていることを伝えた上で、コストについても具体的なお話をするようにしていました。

群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん

-洗浄器や滅菌器などの買い替えも提案されたのでしょうか?

病院全体の機器更新リストがあり、会議で承認されたものを買ってもらえる流れなんですが、洗浄器や滅菌器は1台数千万円のため、政府調達の手続きとなり、短くても4ヶ月、金額によっては13ヶ月の契約手続き後に契約・発注となるので、納期も含めると納品までに2年以上かかることもあります。この点は、国立・公立大学の看護師のみなさんは同じような苦労をされているんじゃないかなと思います。

群馬大学医学部附属病院

-日々のオペレーションの改善に関しては、受託企業の方と調整していったのでしょうか?

そうですね。受託企業の責任者の方は知識が豊富ですし、こちらから何か要望を伝えても、ちゃんと理解していただけています。週に1回ミーティングを実施し、その都度問題点や改善しなくてはいけないことを話しています。、受託企業の責任者さんからは、「こんなに細かく実施している病院は見たことありません」と言われています。

群馬大学医学部附属病院

群馬大学医学部附属病院

群馬大学医学部附属病院の材料部では、洗浄液の詰まりなどのエラーをすぐに察知するために、容器の下に計量器を設置し、専用のソフトウェアで重量を管理しています。

病院と受託企業は、委託する側と受託する側という関係ではありますが、委託する側の立場が上ということはなく、あくまで対等であるべきだと考えています。私が実務をやるわけではないので、こちらで勝手に手順を決めてしまうことはないように、何か変更する際には受託企業の方々にかならず相談するようにしています。

 

-再生処理の仕事のどのような点におもしろさを感じていますか?

いろいろと実験や検証をしながら、どんな方法なら大丈夫で、なにが駄目なのかがわかるのが楽しいですね。たとえば新しいインジケータを導入したい場合、受託企業の方にどんな実験をしたいかを伝えてから自分でセットし、滅菌が終わったら結果を見てみる。「このインジケータは優秀だな」「これはすぐ色が変わっちゃうからよくないな」など、検証結果を見るのが楽しいですね。

群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん

また、仮に院内感染が起きてしまったとして、器材に汚染があったのか、手術環境や医療者の手技に問題があったのか、何が原因なのかは実際にはわからないんですよね。でも、起きてしまった場合に真っ先に問い合わせが入るのは材料部なので、もし医師からの問い合わせがあったとしても、絶対に大丈夫だと答えられるように、メーカーさんと一緒にこの手順で十分かどうかを証明してもらったんです。

群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん

たとえば、眼科で使用する器材には、洗浄器が使えず、手洗いをしなくてはならないものもあり、すすぎが不十分だと、眼内炎の原因になります。手洗いの場合、個人の技術によって左右されがちなので、この洗い方・すすぎ方で十分なのか、メーカーの方にもご協力いただき、ちゃんと検証することで、証明書を発行してもらいました。メーカーの方にとってもはじめてのことだったようですが、きちんと企業が出してくれる証明書なので、安心して先生にお伝えできるようになりました。

群馬大学医学部附属病院

看護師の仕事は患者さんの気持ちを代弁すること

-普段のお仕事を通して、再生処理の質の向上のために、どのようなことが必要だと感じていますか?

海外では再生処理を学ぶための学校や資格がありますが、日本の場合はまったく知識のない方が現場の作業に携わることが多いため、きちんと知識を身につけることができる機会があるといいなと思います。再生処理の現場は、他の医療従事者同様、スタッフ自身の健康を守るためにB型肝炎等のワクチン接種が推奨される仕事ですし、思っていた仕事と違ったからという理由でやめてしまう方も多いです。なので、そういった受託企業のスタッフの方々にオペ室の見学ができるような機会をつくることができれば、自分たちが洗浄・滅菌している器材が、どのように患者さんに使われているかを知ることができ、仕事に対しての意識が変わるんじゃないかと思います。

群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん

-看護師としての経験が再生処理の業務に活かされていると感じる場面はありますか?

それはありますね。オペ室の看護師は、オペの前日に患者さんと顔合わせをして、よりよい看護をするために患者さんの状態を把握したり、どのようなことに不安を抱いているのかを聞いたりする「術前訪問」をおこないます。その際の看護の基本として教わったのは、「看護師は患者さんの代弁をしなさい」ということでした。オペ中の患者さんは、麻酔がかかっているのでなにも言えないわけですよね。患者さんにとって、洗浄と滅菌が不十分な器材は使われたくないに決まっているので、再生処理を当たり前にちゃんとやらなくてはいけないと考えています。

群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん

器材が足りていない、洗浄・滅菌のスケジュールが間に合わないから、本来機械洗浄するはずなのに時間がないから手洗いするなど、病院側の都合をもし患者さんが知ったなら、そんな状態で手術をされるより、「準備が整うまで待ちます」とおっしゃるはずですよね。患者さんは私たちを信じて手術を受けていますので、きちんと処理した器材を提供すべきだと思っています。ここの業務が原因で感染を起こしてしまうのは絶対にあってはならないことだと思っています。

群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん

-最後に、今後取り組んでいきたいことや、同じく再生処理に関わる方へのメッセージをお聞かせください。

昨年から、群馬県中材業務研究会の会長を担当させていただいています。30年以上の歴史がある研究会で、年1回講演会を実施しているのですが、前回は石原総合歯科医院の佐藤繭美さんに講演をお願いしました(『再生処理の現場』vol.12に登場)。病院の中材を管理している看護師のほか、医師や看護助手など幅広い方々にも参加いただいているので、今後は会長として、病院の中材に関わる方の悩みを共有できる場にしていきたいと思っています。

群馬大学医学部附属病院 藤井幸子さん

同じ再生処理の現場に携わる方々にお伝えしたいのは、滅菌器のインジケータは入れているのに、洗浄器には入れていない病院も少なくないので、洗浄もモニタリングすることをお勧めします。「滅菌器に入れれば安心」という考えが深く根付いてしまっている方は多いと思いますが、滅菌の質はちゃんと洗浄されていてはじめて保証されます。

患者さんは病院を信じて手術や処置を受けています。患者さんの思いを裏切らないように、日々の再生処理に取り組むことが大切だと思います。

 

※ご所属・肩書・役職等は全て掲載当時のものです。